私は、まだまだ、自分の欲望を、捨て切れていません。
たとえば、もっとお金が欲しいとか、異性に好かれたいとか、多くの人に評価されたいとかです。
でも、そう言う時に、自分に問います。
そう言った自我の自分の望みと、真我、純粋意識に目覚めること、どちらが良いかと、、、
その答えは、いつも、真我、純粋意識に目覚めたいです。
(ここは、誤解を招くところなので、書いて置きます。
お金持ちになるとか、好きな人に愛され結婚するとか、人に評価されると言うことは、そうなっているなら、そうなります。
そのこと自体を、否定している訳ではありません。
ただ、そのことに執着すれば、障害になってしまいます。
ここは、微妙な違い、でも決定的な違いです。
このことを、深く理解して下さい。
そうしないと、欲望は膨れ上がって行きます。)
これからも、完全には、自我の望みを捨て切れないと思います。
それは、自我が続く限り、無くなることはないのだと、思います。
ただ、それも、決して悪いことではない様にも、思っています。
その欲望が、この相対的な現象世界を生きて行く上での、活力になっているからです。
この欲望と言う活力、推進力と言う、エネルギーの現れが無ければ、この世界で生きて行くことは、本当にしんどいです。
楽しみも、適度に必要です。
何が一番かを、忘れないことです。
想い出すことです。
そうすれば、こんな軟弱な私でも、続けられています。
注記)
もちろん、そんなに自分は弱くない、そんなに時間が掛かるのは嫌だ、と言う人は、教えを忠実に実行し、素早く目覚めて行って下さい。
そう言う方が、一人でも多く現れることで、私たち凡人の一番の助けになってくれる様です。