ただ、・・・ | SILENCE

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探求の終わりについて書き留めていけたらいいです。
もう苦しみを終わりにしたい、本当に目覚めたいと思っている方に読んでほしいです。

私の非二元への探求の実践の記録です。
時間のある方は最初から日付順に読むのをお勧めします。


”ただ、・・・”について、少し、書いておきます。



ただ、在る・・・


これは、何の努力も、何の意味もなく、在ることを表しています。


真我の在るも、自我の在るも、基本的には同じです。


真我の存在の感覚は、自我に反映されています。


自我の存在の感覚を捉えることは、誰にでも簡単にできます。


普段、意識していませんが、その感覚は、いつもそこにあります。


でも、その深さが違います。


自我の存在の感覚を捉えることは、入り口です。


その入り口から、奥深くへ入っていくことは、やはり、簡単ではありません。



思考や感情や出来事や行為を、ただ、見つめる、観る、気づいている・・・


こちらは、思考や感情や出来事や行為を、所有せず、何の価値判断もせず、意味づけもせず、好き嫌いもなく、見つめる、観る、気づいているということです。


これは、真我の観照意識と呼ばれているものです。


真我は、思考や感情や出来事や行為に、何の影響も受けません。


真我は、それらのものは、すべてマーヤー(幻影)と知っています。


自我の私たちも、ただ、見つめる、観る、気づくことに、近づくことを求められます。


ただ、見つめる、気づくことができるようになると、すべてはシンプルに楽になっていきます。


自ら、苦しみや、問題を作り出すことはありません。


でも、やはり、自我の見つめるから、真我のただ見つめるへと深めることは簡単ではありません。



本当は、この二つの”ただ・・・”を、できるようになれば、他に何も必要ありません。


でも、それができないために、この二つのことが可能となるように、様々なプロセスが用意されているわけです。


本当は、とてもシンプルなことなんです。


真我、純粋意識は、ただ在り、ただ観照しています・・・