終章:私が受け継いだ“人間の生き様”
ベテランが長年培ってきた「職人の勘」や「泥臭いノウハウ」を継承する対象は、もはや人間(有機物)ではなくなりつつある。
少子化によって若者の数が絶対的に激減した今、どれほど「背中を見て覚えろ」と叫んだところで、その技術を受け取る人間自体が現場にいないからだ。
これからの技能継承とは、ベテランの頭の中にある暗黙知をデータとして引き出し、AIやアルゴリズムという無機物に移植していく作業にならざるを得ない。
私たち40代は、人間が持っていたアナログな知恵をAIへ手渡す、人類史において「最後の施工主」だろうか。
しかし、どれほど時代が進化し、知恵やノウハウの移植先がAIへ変わろうとも、システムやデータには絶対にコピーできないものがある。
それこそが、「人間の生き様」だ。
20世紀末のあの日、私は残業をしていた。
慣れないマウス操作に手探り状態で、納期に到底間に合いそうもない図面を前に、18歳の私は半ばパニックになりながら画面に向かっていた。
そこへ、ふと横に現れたのがあのおじさん上司だった。
爆速で専用盤を叩く圧倒的なスキルを持ちながら、マウスをカチカチやってモタつく私をもどかしそうに眺めていた、あのおじさんだ。
私の進捗を見た上司は、少し疲れた顔で、だが何か達成感のある声で、短くこう言った。
「間に合わなかったか。よし、あとは俺がやるから、お前はもう帰れ」
そう言ってFDを預かり自分の席で、恐ろしいほどのスピードで操作盤を叩き始めた。
自分の手でやった方が10倍早いという圧倒的な熟練の自負。 そして何より、手際が悪く追い詰められていた18歳の高卒の若者を、明日持ち越しなら休日出勤になるプレッシャーから解放して休ませてやろうという、不器用で、無口で、温かい職人のプライドだった。
あの夜、横に立つおじさんから漂っていた煙草と缶コーヒーの匂い。 そして「俺がやるから帰れ」という一言の温もりを、私は今でも忘れることができない。
技術のOSは、これからも容赦なく書き換わり続けるだろう。 おじさん達が誇ったデジタイザ(操作盤)の技術が消え去ったように、私たちが今使っているツールや手法も、いつか時代の波に飲み込まれて、消えていく。
だが、あの夜、おじさんが見せてくれた「責任を泥臭く引き受け、下の世代を守る生き様」は、何年経っても色あせることなく、私の身体の奥深くに脈々と息づいている。
100点の正解をAIに作らせることではなく、現場で奮闘する営業に「成功率6割の攻めプラン」という武器を渡し、外れた時のリカバリーまで含めて一緒に向き合う。
また、引退までの残り20~15年の間に何が残せるか考え、下の世代に継承できることを明確にし、構築する社内システムには仕込んでおくこと。
それらは形を変えて受け継がれた、あの昭和のおじさんの「生き様」なのだと思う。
最後に
かつて、ただ守られる側でしかなかった18歳の私は、四半世紀近い時を経て、構造を俯瞰する40代のアーキテクトとなった。
時代の激流を前に、己の限界を悟りながら静かに身を引いていった昭和の大人たち。
効率やデジタルの物差しだけで測れば、彼らは「時代の波に飲まれて消えていった人々」に見えるのかもしれない。
だが、絶対に違う。
彼らは決して「時代の敗北者」などではない。 自分の誇ってきた技術が過去のものになると知りながらも、最後の瞬間までプロフェッショナルな背中を見せ、その身で責任を引き受け、不器用に下の世代を守り抜いた「美学の伝承者」たちだ。
最後は俺が全部やる、と残業や休日出勤をして身をもって責任を取ることは、AIには出来ない。
四半世紀という歳月が巡り、彼らが魅せてくれた「美しい退場」の真価を、今の私は深く、深く理解している。昭和の大人たちのように、私があと15年間で残せるものは何だろう。
知恵やノウハウはAIに食わせておけば残る。
だが、あの夜に確かに受け取った「人間の温もり」と「泥臭い生き様」だけは、私たちが次の時代へと誇りを持って紡いでいく。
かつて私を守ってくれた、すべての不器用で美しい大人たちへ。
溢れんばかりの感謝と、最大限の敬意を表し、本稿の結びとしたい。
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