第1章:操作盤を爆速で叩くおじさんと、マウスカチカチ18歳
プログラミングと設計を学んだ工業高校を卒業し、大学受験までの間に勤務した設計部署の空気は、独特だった。
アンモニア臭の残る青焼き図面と巨大な紙バインダーが山積みされ、どこか紙とインクの酸っぱい匂いが漂う保管室。
その保管庫で「まあ、今はFD(フロッピーディスク)になって、火事でも燃える心配がないからいいね」と言いながら少し寂しそうに紙束の棚を見上げる上司。
BGMもなく操作盤の音だけが響き、時々電話の鳴る事務所。
そこで繰り広げられていたのは、新旧のテクノロジーが激突する異様な光景だった。
当時、現場の主力を張っていた40代〜50代の「おじさん達」の手元にあったのは、マウスではない。
まるでDJが使うターンテーブルやミキサーのような、巨大なコマンド入力専用の操作盤(デジタイザ)だった。
彼らは画面上のアイコンなど一切見ない。 左手で操作盤のボタンをブラインドタッチで爆速連打し、右手でカーソルを滑らせ、一瞬で複雑な図面を引いていく。そのスピードと正確さは、まさに長年の修行で身体に叩き込んだ「職人技」そのものだった。
一方、18歳の私や20歳そこそこの若手に与えられたのは、「育成のため」とWindowsの画面上でマウスをカチカチ動かすPC-CADだった。
コマンドを暗記することなく、画面上の「線」や「消しゴム」のアイコンを目で探してクリックすれば図面が引ける。一見するとスマートで扱いやすい未来のツールだ。
しかし、ブラインドタッチで音を立てて図面を完成させていくおじさん達から見れば、マウスで画面を目で追いながらカチカチやっている私たちの動作は、あくびが出るほど遅い「亀の歩み」に過ぎなかった。
納期に追われる現場で、おじさん達からもどかしそうな視線が飛んでくる。厳しい苦労を重ねて技術を身体化させてきたプライドがあるからこそ、「道具に頼って楽をする若者」に対する蔑みと、自分たちの圧倒的な処理速度に対する絶対の優越感があったのだろう。
だが同時に、彼らの背中にはうっすらとした「諦念」も漂っていた。
会社が自分たちではなく、何の実績もない18歳の若者にマウスを持たせている理由を、おじさん達も無意識に悟っていたからだ。
どれだけ自分の手が爆速で動こうとも、Windowsという時代の流れには勝てない。自分たちの熟練技術が、近い将来に歴史の徒花(あだばな)として消えていく未来を、彼らはどこかで感づいていた。
「俺たちがやった方が圧倒的に早い」という職人のプライドと、「だが次の時代はあいつらのカチカチ(マウス)なんだろう」という抗えない寂しさ。
世紀末のあの設計部署は、手作業の熟練を誇るレガシー層と、時代のOSの切り替えを担わされた若手が、言葉にならない複雑な感情を抱えながらすれ違う、時代の境界線そのものだった。
次回:第2章「AIネイティブ時代に40代が生き残る『現場×構造』のポジション」
単なるUI操作やスピードではAIや若手には勝てない。
過渡期を生き抜いてきた40代が、現場をスマートに回すための唯一の武器、「現場由来の問い」を立てる力と生存戦略を解剖する。
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