最近またネットのご機嫌が悪い。

昨日アップしたかった記事なのだが、途中で断線。今日急いでアップします。



ゆうべは、大学の新入生による、応援合戦の発表会(?)があった。

なんのことやらわからないと思うのだが、

とにかく、

学部ごとに、自分の所属学部をたたえる見せものをするというものである。


こっちは無類のやかましやであり、

中学校の教員をしていたときも、

体育祭の応援団の担当になることが多かった。

というか、

ほぼ毎年その担当にご指名をうけていた。


こっちが勤務していたS中学校は、

体育祭の目玉が、各色(体育祭は色別対抗だった)による、応援合戦だった。

応援団が頭と声を振り絞り、

チームを讃えるかえうたを作ったり、ストーリーをつくったりする。

その準備の大変さといったら、ものすごいもので、

担当の教員も、本当に本当にマジでしんどいのだった。

でも、当日、

声がなくなるまで声を出し、

1年から3年まで一緒になってひとつのことに取り組む彼らは、

誰もが本当に輝いており、

まさに、「応援担当冥利につきる」ってもんだった。

そして、

徒競争や騎馬戦などの各競技で得た得点で競われる総合優勝よりも、

応援賞のほうが、子供らにとって大切なものとなっていた。

かくいう私も、今だからいうけれど、

応援賞のほうが、価値のあるもののような気がしていた。

なぜなら、

各競技は、運動能力の差が、その勝敗を決める。

(まあ、騎馬戦や棒倒しなど、団体競技はその作戦も大切なんだけど)

でも、

応援は、事前の準備を含め、

能力の差ではなく、努力と団結力の差がものをいうからである。


だからこそ、

実は実のところは、心がきれいなこどもらにとって、

応援賞というのは、

何にも代え難い勲章となるわけである。


ある年、

総合優勝したのに、応援賞を逃したチームがあった。

そして、そのチームの子供らは、

応援賞をとれなかった悔しさで、皆泣いた。

それを目の当たりにした教師たちは、

次の年から、応援賞をなくしたのだった。

体育祭とは、スポーツで競う祭典であり、

応援はその競技をあくまで「応援」するだけのものだ

というのが、教師たちの見解である。


この判断の良し悪しについて因縁つけようってんじゃない。

でも、

そのチームの悔しさが、痛いほど分かった。

こっちも応援団担当として、

こどもらが応援にどれほどの魂をかけてやってきたかがわかるからだ。

その影の頑張りをみたことがない教師たちは、

簡単に、その勲章をこどもらから取り上げてしまった。


そして、

応援賞がなくなったその学校の翌年の体育祭。

こどもらは、

去年と変わることなく、懸命にチームを応援していた。


「こどもたちが 昔とちがう」

と言われている昨今であるが、

お金を稼げるわけでもない、成績があがるわけでもない、

ただ、自分たちのチームの名誉のために声をあげる応援に、

必死に、目を輝かせながら取り組む姿には、

本当に心が震えるものである。

なんだかんだいって、みんな燃えるものがほしいんだと思う。


なんて昔話をしていたら、ずいぶんとスペースをとってしまった。

ゆうべの学生たちのCheer(こっちではチアーと呼ばれている)を見たとき、

あのときの自分の気持ちや、こどもらの顔がよみがえってきた。

それくらい素晴らしかったのだ。

観客席に座った学生たちが、

ペイントをほどこした腕を巧みに動かしながら、

一糸乱れぬマスゲームである。

ちなみに、

学部ごとに優劣がつけられるものではない。

本当に、ただ見せるためだけのものなのだ。

そのきびきびした動きとは対照的に、

競技場では、応援団らしき学生たちが、

なんとも艶めかしく踊っている。

その衣装もまた、なんとも言えず、セクスィーなのである。

これがよく分からない。

一番盛り上がったのは、

その応援団の女子学生たちが、

なんと、一枚一枚、衣装を脱いでいった学部であった。

当然イスなどなく、ただ周りを取り囲んでいる観客(こっちも含む)は、

ここぞとばかりに、つま先だって、

その様子をみながら「おおおおお!」などとうなってみたりするのだった。


昼間はちんたらちんたら暮らしている(?)タイ人の、

どこにあんなパワーがあったのか。

ゆうべは、タイ人の新たな一面を見ることができた素晴らしい日だった。


かえってきたら、

なんと夜中の12時だった。


OKOK

とりあえずここまでアップします。

お願いだから、つながっててください。。。。