究極の俯瞰(XXV) 天の声(535=1年+170) AI二年(132)光(502)
究極の俯瞰(XXV) 天の声(535=1年+170) AI二年(132) 日本国の再生(509) 光(502) 故郷(279) 現役寿命(269) 令和四年(132)
令和四年 2022年3月11日 One Team 三年
閃き!!!
『究極の俯瞰(XXV) 震災復興 啓示四百九十二【1年+126日】(平成28年熊本地震復興第二百九/平成30年7月豪雨復興第百四十六)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百四十二/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百三十二)/COVID-19(第百十四)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第九十六)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第八十三)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第六十二)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第二十四)/令和三年12月米国竜巻イリノイ州 ミズーリ州 テネシー州 アーカンソー州 カンザス州 ケンタッキー州等復興(第十三)』(2022年第十信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百七十八弾 One Team 三年
Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C21(121)
ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C21(121)
AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XXXVⅠⅠ
究極の俯瞰(XXV)
1)騒々しい世の中
平和を旨とする者にとって、 今の世界情勢は、 受け入れ難く、 当事者(侵入者側)の非道は信じられない。 関係者の親は如何なる躾・教育を子供に行ってきたのであろうか。
他者を傷つけ、 生命を奪う。 その報いは必ず自らに戻って来る。 悲惨な状況を直視し、 命について熟慮願いたい。 自らの誕生、 親の感動、 幼児、幼年、 学び舎の時代と、 自らの辿って来た道を振り返って欲しい。 大人は、 他者を傷つけていいという論理は成り立たない。
最近、 「成功者がしている100の習慣」という本(著者はイギリス人 Nigel Cumberland)に出合った。 「目から鱗」(急にものごとの真相や本質がわかるようになること)」の衝撃を受けた。
特に、 国のリーダーは、 人間としての「成功者」を目指し、 人生を全うして欲しい。
例えば、 『成功者の習慣 96』: 自分以外のものに時間と労力を捧げている(Connect with something bigger than yourself)/成功する人は自分以外の何かに奉仕する時間をつくり、 成功しない人はいつでも自分を最優先している。
→ 「あなたの運命がどうなるかはわからない。 私にわかる唯一のことは、 本当に幸せになれるのは、 誰かに奉仕する方法を探し求め、 それを見つけた人たちだ。」 ― アルベルト・シュヴァイツァー(ドイツの神学者)
→ パラリンピック 平和へ願い込め「ピース!」
IPCパーソンズ会長のメッセージを下記紹介したい。
『“戦争と憎しみの時代ではありません” 中国の習近平国家主席、 大会組織委員会の蔡奇会長、 全世界のスポーツファンの皆様、 各国、 地域代表のアスリート、 ならびに役員の皆様、 ご来賓の皆様、 こんばんは。 そして北京パラリンピックへようこそ。 今夜は、 まず、 平和のメッセージから始めたい、 いえ、 始めなければなりません。 共生を中核とし、 多様性を祝い、 違いを受け入れることを旨とする組織のリーダーとして、 私はいま世界で起こっていることに強い衝撃を受けています。 21世紀は対話と外交の時代のはずです。 戦争と憎しみの時代ではありません。 “世界はともに生きる場、 分断されてはなりません”。 オリンピック・パラリンピック期間中の休戦は、 国連決議として193の国連加盟国の総意で第76回国連総会で採択されました。 それは尊重し守るべきもので違反があってはなりません。
IPCでは、 よりよい皆が共生できる世界、 差別や憎しみ、 無知とは無縁の紛争のない世界をめざしています。 ここ北京にはパラアスリートたちが46の国や地域から集まり、 互いに競い合います。 戦うのではありません。』
2)川端康成51歳のときの作品『虹いくたび』に触れて
〇 独特な登場人物
・水原常男(三人娘の父、建築家 ※三人娘の母は共に違う)
・百子(娘1 その母1:自殺)
・麻子(娘2 その母2:病死)
・若子(娘3 その母3:菊枝 生存)
・青木啓太(百子の恋人: 戦死)
・青木夏二(啓太の弟)
・青木啓太・夏二の父
・竹宮少年(百子の恋人: 自殺 百子身ごもり、堕胎する)
・大谷(麻子が汽車の中で出会った、 赤子と一緒の三十歳前後の男)
・有子(若子の姉: 大谷の妻)
※ 百子(姉)と麻子(妹)は、 父・水原と一緒に生活しており、 一番年下の若子とは、 青木啓太・夏二の父の仲介で、 物語の最後の場面で初めて面通しする。 若子の母・菊枝は藝者であったということもある。
〇 琵琶湖の向こう岸に虹の立つのを、 麻子は見た。 彦根を過ぎて、 米原とのあひだだつた。 年の暮の汽車はすいてゐた。 虹はいつ立つたのか。 麻子が窓からながめてゐた湖水の上に、 いきなりほつと浮き出たやうだつた。
麻子の前の男も虹に氣がつくと、 「ちい子、 ちい子、 虹、 虹、 ほらほら、 虹が出た。」と言ひながら、 赤子を窓へ抱き上げた。(中略)
〇 「よいお年をお迎え下さい。」と、 東京驛でおりる時、 大谷は麻子に言つた。 暮れのあいさつだが、 いい言葉と感じて、 「ありがとう。 あなたもよいお年をお迎え下さい、 赤ちゃんもごいつしよに ― ― ―。」と、 麻子も答へた。 さう言ふ麻子に、 琵琶湖の虹がふと浮かんだ。 むろん大谷とは、 あつさり他人の別れであつた。(中略)
〇 百子はときどき「麻子のお母さま」と言ふが、 麻子の母であつて、 百子の生みの母ではなかつた。 麻子がふと思ひ出した母の日記の一節は、 父が百子について言つたことを書き取つてあるのだが ― 百子が次ぎ次ぎと少年を愛するのは、 最初の男にひどいめにあはされたからではなかろうか。 學校で同性愛にふけつたからではなかろうか。 女としてからだに足りないものがあるからではなかろうか。(中略)
〇 水原は娘(麻子)の裸體におどろいて、 この美しい人間のからだが、 それにふさはしく美しい家に、 住んでゐるかと、 ふと疑つたのだつた。 そしてこの疑ひに、 自分でおどろいた。 建築家として、 身近の美しいもの、 愛するものを、 忘れてゐたやうなことだ。(中略)
〇 百子は少年をうしろから抱いてゐた。 相手に抱かれずに、 自分が抱いていた。 「なにを泣いてるのさ。」と、 少年はもの憂げに言つた。(中略)
〇 水原は花時の京都へ、 娘二人(百子と麻子)をつれて來た。 戦争で東京の家を焼かれて、 京都へ移つてゐた人が、 こんど家を買つて、 京都に住みつくことになつたので、 その家の模様變へと茶室の設計とを、 水原に頼んでよこした。(中略)
〇 「お父さまには、 もう一つ、 ついでがおありぢやないの?」と、 後で百子は言つた。 麻子もうなづいて、 「京都の妹に引き合わせて下さるのかしら?」 「下さるのかしらなんて、 なにもありがたさうに言ふことないわ。 私はいやよ。」 「でも、 お姉さまいらつしやるでせう。」 「さうね。 私は行きたくないわ。」 麻子はかなしさうに百子を見た。(中略)
〇 京都の女は足がきれいで、 脣がやはらかい。 それはつまり、 肌のいいといふことなのだが、 水原がさう思ふのは、 菊枝がさうだからでもあつた。 水原は老僧の前にゐながら、 菊枝のやはらかい脣を思ひ出してゐた。 男の脣のままに吸ひつくやうな脣は、 とろとろとなめらかで、 水原は脣にふれたとたんに、 菊枝の全身の肌を感じたものであつた。(中略)
〇 「若子を抱いて來たの、 十五年も前どしたなあ。」と、 菊枝は言つた。 「その時もお庭に、 だあれもゐやはらしまへなんだ。 だれもゐやはらへんな言ふと、 お花ゐやはる、 若子がさう言ふたの、 もうお忘れやしたやろ。」 「さうだつたね。」と、 水原も思ひ出すと、 一つの世界に一株の大椿がゐるやうに感じられた。
〇 菊枝はその奇特な父親(娘有子の夫:大谷)とくらべて、 水原を責めたわけでもあるまいが、 水原は痛かった。 また、 去年の暮、 麻子が京都からの歸りの汽車に乗り合わせたといふ、 赤ん坊をつれた男は、 若子の姉の子の父親だつたのかと、 水原は思つた。
〇 百子はためらひながら、 「きやうだいつて、 どういふものかしら ― ― ― ? 三人とも、 お母さまがちがつて ― ― ― 。」 しかし、 百子は盃を持つて、 若子をうながすやうに見た。 ところが、 若子は盃を持たなかつた。 「どうしたの? いやなの? 私の言ふことが氣にさはつたの?」 若子はかぶりを振つたが、 盃は持たなかつた。 菊枝もすすめる風はなく、 若子をながめてゐたが、 「藝子はんの町にゐますよつてに、 盃ごとはいやなんとちがひまつか。」 「さう? こんなお芝居はよしませう。」と、 百子も盃をおいた。 菊枝のいひわけはたくみだが、 若子がほんとうにさうなのか、 百子は疑はしかつた。 百子はむしろ若子が盃をこばんだとした方が、 清く激しいものに貫かれる感じだつた。 「お父さまが見てゐないから、 だめね。」 百子は言ふと、 ついと立つて、 「嵐山も暮れたでせうね。」と、 障子をあけた。 冬枯れの木の間から、 川音が聞えた。
終わり
⇒ この物語『虹いくたび』は何を言いたかったのか。 「血のつながり」の意味か、 「男と女の関係」か、 ある意味では、 虚しさを覚えた。
3)カズオ・イシグロの英語表現
When I was lucky enough to see him like that, I’d lean my face forward to take in as much of his nourishment as I could, and if Rosa was with me I’d tell her to do the same. After a minute or two, we’d have to return to our positions, and when we were new, we used to worry that because we often couldn’t see the Sun from mid-store, we’d grow weaker and weaker. Boy SF Rex, who was alongside us then, told us there was nothing to worry about, that the Sun had ways of reaching us wherever we were. He pointed to the floorboards and said, “That’s the Sun’s pattern right there. If you’re worried, you can just touch it and get strong again.”
(訳: そんなふうにお日さまに出会えた運のいい日は、 顔を前に突き出し、 できるだけたくさんの栄養をいただこうとしました。 ローザがいれば、 誘って一緒に。 でも、 そうやっていられるのはほんの一、二分です。 すぐにもとの位置に戻らねばなりません。 来たばかりのころは店央にいることが多くて、 お日さまに会えないまま体がだんだん弱ってしまうのではないかと心配したものです。 当時、 レックスという男子AFがわたしたちの並びにいて、 そんな心配はいらないと話してくれました。 お日さまはどこにでも光を届かせられる。 そして床を指差し、 「ほら、 あそこにお日さまの光模様があるだろ。 心配ならあれにさわれば、 また元気になれるよ」と。
⇒ 擬人化した表現:
・ When I was lucky enough to see him like that
・ I’d lean my face forward to take in as much of his nourishment as I could
・ the Sun had ways of reaching us wherever we were
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇 本日のメッセージ
良き出会い 人生高め 幸集う
ご縁の力 湧き出る歓喜
良き出会いが、あなたの良き人生を創造します。 過去の良きご縁に感謝し、今日の出会いを大切にしましょう。 今日この瞬間に出会える人は、神さまが最善を尽くして会わせてくださった人です。 人生は出会いです。 出会いが人を育て、成長させ、人生の価値を高めてくれるのです。 あなたが今日あるのも、過去の良きご縁のお陰です。 清められた道には清められた人々が集います。 ご縁を大切にする人の周りには同じ人たちが集います。 あなたが心から大切にできる人さまのご縁を、再確認してください。
Thackery

