究極の俯瞰(XXⅠ) 天の声(531=1年+166) AI二年(128)光(498) | thackeryのブログ

究極の俯瞰(XXⅠ) 天の声(531=1年+166) AI二年(128)光(498)


究極の俯瞰(XXⅠ) 天の声(531=1年+166) AI二年(128) 日本国の再生(505) 光(498) 故郷(275) 現役寿命(265) 令和四年(128)

令和四年 2022年2月17日 One Team 三年

閃き!!!

究極の俯瞰(XXⅠ) 震災復興 啓示四百八十八【1年+122日】(平成28年熊本地震復興第二百五/平成30年7月豪雨復興第百四十二)/平成30年北海道胆振東部地震復興第百三十八/令和元年長野新潟千葉福島宮城関東東北地域豪雨復興第百二十八)/COVID-19(第百十)/令和二年熊本球磨川・九州北部筑後川・岐阜飛騨川・長野木曽川7月豪雨洪水復興(第九十二)/令和二年山形最上川豪雨洪水復興(第七十九)/令和二年史上最大台風10号災害復興(第五十九)/令和三年7月静岡県熱海豪雨災害復興(第二十)/令和三年12月米国竜巻イリノイ州 ミズーリ州 テネシー州 アーカンソー州 カンザス州 ケンタッキー州等復興(第九)』(2022年第六信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第百七十四弾 One Team 三年


Change nonsense Democracy to Super Great one (One Team) C17(117)

ナンセンスな民主主義を進化させ、 崇高なものに変えよう C17(117)

AI(Artificial Intelligence)人間の夢物語(世界平和主義)XXXⅠⅠⅠ

究極の俯瞰(XXⅠ)

 

 



1)「宇宙一の山師になる」に感動

熊本県上益城郡御船町大字七滝4872に存在する「國武林業 ( クニタケリンギョウ)」、 社長は、 若干30歳の國武智仁氏。 風貌は、 「髪の色はピンク、そして耳には大きなピアス」で、 今風の若者。 しかし、 物事の捉え方は、 哲学者。 

このような若者が、 社会システム構築に参画すると、 世の中はドンドン良くなっていくと思う。 

⇒ 「國武林業」の概要は、 下記の通り。

林業の楽しさや森の魅力を発信する親子[母: 國武信子(60歳) 一人息子: 國武智仁(30歳)]が熊本県御船町にいる。 趣味からのスタートだったが、 『美しい森を守りたい』と4年前から本業に。 学校で講師を務めたり、 地元の木を使ったおもちゃを制作・販売したりと、 幅広い活動に取り組む。 山林を手入れする「山師」と自ら名乗り、 若い世代に情報発信する2人。 林業界の「インフルエンサー」として、 県や企業から協力要請が相次いでいる。」

「親子、 ともに林業とは無縁の生活だった。 きっかけは信子さんの離婚。 『自給自足の生活を極めたい』と当時中学1年の智仁さんを連れて熊本市から御船町に移住。 自宅近くの山でタケノコやシイタケの栽培を楽しむ中で、 『森がきれいな水を育むことで、 農業や漁業が豊かになるのでは』と考え、 林業に興味を持った。」

「信子さんは訪問介護の仕事を辞め、51歳で阿蘇市の林業家に弟子入り。 週1回通って伐採の技術を学び、 数年後には一人で仕事を引き受けるようになった。 手伝いをしていた智仁さんも興味を持ち、 飲食店の仕事を辞めて技術を学んだ。 2015年に親子で「國武林業」を起業。 伐採や下刈り作業を請け負う傍ら、 日々の取り組みを会員制交流サイト(SNS)で発信している。」

「違法伐採や大規模な商業伐採による森林破壊が世界的な問題となる中、 『安全で持続可能な森づくり』を会社の理念に掲げる。 信子さんは、 木材も 『生産から流通までトレーサビリティー(履歴)がある仕組みにしたい。』と『木の地産地消』を提唱。 設計会社とタッグを組んで地元材を使った家造りに取り組むほか、 最近では廃材で作るアクセサリーやおもちゃを売り出し、 人気を呼んでいる。 3人の従業員は全員20代で、 2人の活動に引き付けられて林業を志した。」

「熊本県の依頼でくまもと林業大学校の講師を務めるほか、 大分県日田市の防護服代理店でPRを担う。 町の飲食店や家具店などから声が掛かり、 イベントを共催することも。 伐採や木登りを実演し、 観客の歓声を浴びる。 『きつくて古いイメージを持たれがちですが、 今の林業はめちゃくちゃかっこいいんですよ』と智仁さん。」

「林業に触れて約10年。 2人の夢は『宇宙一の山師になる』。 これからも森の未来を考えながら二人三脚の活動を続ける。」

國武林業の“売り”は『特殊伐採』という技術。 『切った木や枝をロープを使って下ろす』特殊伐採は、 人が通る場所や狭い場所でも作業が可能。 県の研修を終えた智仁さん。 県内の様々な林業会社で修業を積みながら『特殊伐採』の技術を海外の動画を見て、 独学で身につけました。 特殊伐採の需要は高く、 忙しい日々を過ごしています。」

シイタケ栽培などで山に出入りするうちに『山を守るには木を植えるどころの話ではない。 木を切らないと山は守れない』と感じた信子さん。 49歳で初めてチェーンソーを持ち、 林業の世界に。 息子の智仁さんは『喫茶店をひらきたい』という夢がありましたが、 信子さんの師匠に『林業に向いている!』とすすめられ、 21歳でこの道に。」

「従業員は他に3人。 個性ある社員を束ねながら、 会社を運営する智仁さんには悩みが尽きません。 ハードな山の仕事も『お金がいらないくらい幸せ』と語る自然派のナチュラル母ちゃんは、 智仁さんの社長としての成長を温かく見守っています。」

⇒ 日本国土に残る自然・山林を活用し、 人生を謳歌している「母子」から頂くエネルギー。 感謝し、 自らの人生への応援歌として受け止め、 精進を重ねていきたい

2)川端康成49歳のときの作品『しぐれ』に触れて

(1)    あなたはどこにおいでなのでせうか。 懶惰(らんだ)によりて臥するにもあらず。 詩作に耽りて臥するにもあらず。 愁ひを離れ、 わがつとめは終れり。 ひとり人里離れしこの住居(すまひ)に、 われはすべての有情(いきもの)を哀憐(あはれ)みて臥するなり。 矢にて胸を貫かれ、 その心臓のはげしく逆まく、 負傷者(きずおひ)すらも眠るに、 傷つかぬわれ、 なにゆゑに眠らざらんや 覚めてためらひなく、 眠りて恐れなし。 夜も畫も、 悔いの心われを苦しめず。 世のいづこにもそこなひを見ず。 されば、 すべての有情(いきもの)を憐(あはれ)みて臥するなり。 ― 釋迦(しゃか)が岩のかけらで脚を傷つけてやすんでゐた時、 懶惰にして寝(い)ぬるや、 はた詩作に耽るや、 汝のなすべきこと多からずやと悪魔に言われて答へたといふ言葉を、 私は寝つきのわるい枕で思ひ出してつぶやいてみることもあります。 安らかな深い眠りを恵まれる夜は年のうちに幾日もなく、 不眠症や睡眠不足も四十年の習はしではむしろそれが常となりまして、 まともに寝入りさうな夜はかへつてなにか不安を感じますし、 ほんたうにまた強い悲しみか悔いのあつた日の打ちひしがれたつかれは私を深い眠りに沈めてくれたやうにも思へます。  

⇒ 懶惰(らんだ)によりて臥するにもあらず
懶惰(らんだ): めんどうくさがり、怠けること。また、そのさま。

(2)    西行の和歌における、 宗祇の連歌における、 雪舟の繪における、 利休が茶における、 その貫通するものは一なり、 と私は魔よけのやうにつぶやいてみるのでありました。 私は芭蕉の百代の達眼を感じるよりも、 芭蕉の一大勇猛心に打たれるのであります。 この言葉の前には、 ついひに無藝無能にして、 只、 この一筋に繋る、 とあり、 この言葉の後には、 しかも風雅におけるもの、 造化にしたがひて四時を友とす。 見るところ、 花にあらずといふことなし、 おもふところ月にあらずといふことなし、 像(かたち)、 花にあらざる時は鳥獣に類す、 とあって、 芭蕉を語るにはのがせぬ笈(おい)の小文の枕でありますが、 この前後の強い言葉よりもなほ強く私にひびきますのは、 西行、宗祇、雪舟、利休と、 四人の古人をかぞへて、 その貫通するものは一なりと芭蕉みづからの道を見た叫びで、 古今を貫く一すぢの稲妻を見るやうに私は打たれるのであります。 芭蕉は四十四五でありました。
この枕につづいて紀行は、 神無月の初、 空定めなきけしき、 身は風葉の行く末なき心地して、 
 
旅人とわが名呼ばれん初しぐれ

と本文に入りまして、 ここでもしぐれの宿りの宗祇を思つたことでありましょう。 

⇒ 西行: 西行(さいぎょう、元永元年〈1118年〉 - 文治6年2月16日〈1190年3月31日〉)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての日本の武士であり、僧侶、歌人

⇒ 宗祇: 宗祇(そうぎ、応永28年〈1421年〉 - 文亀2年7月30日〈1502年9月1日〉は、室町時代の連歌師

⇒ 雪舟: 雪舟(せっしゅう、応永27年(1420年) - 文亀2年(1502年)または永正3年(1506年)8月8日(諸説あり)は、日本の室町時代に活躍した水墨画家・禅僧(画僧)

⇒ 利休: 千利休(せんのりきゅう、大永2年(1522年) - 天正19年2月28日(1591年4月21日))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての商人、茶人


3)カズオ・イシグロの英語表現

I’d feel a similar little prickle of resentment each tome he told me I didn’t understand something or other because I wasn’t yet a donor. But apart from one particular time, which I’ll come to in a moment, a little prickle was all it was. Usually he’d say these things to me half-jokingly, almost affectionately. And even when there was something more to it, like the time he told me to stop taking his dirty washing to the laundry because he could do it himself, it hardly amounted to a row. That time, I asked him:
“What difference does it make, which one of us takes the towels down? I’m going out that way anyway.”
To which he’d shaken his head and said: “Look, Kath, I’ll sort out my own things. If you were a donor, you’d see.”
(訳: たまに、 わたしが提供者でないことを理由に、 だから君にはわからないと言われることがあって、 そんなときも小さな怒りを感じました。 でも、 ある一度を除き ― その一度については、 すぐにお話しします ― それは文字どおり小さな怒りですんでいました。 普通は冗談混じりに、 ほとんど愛情一杯という口調で言われますし、 たまに冗談以上の意味が込められていることがあっても、 喧嘩にまではなりません。 たとえば、 汚れ物を君が洗濯場に持っていくのはやめてくれ、 と言われたことがあります。 自分でできるから、 と。 あのとき、 わたしはこう言いました。 「タオルくらい、 あなたが持っていこうが、 わたしが持っていこうが、 どう違うのよ。 わたしについでがあるのに」 トミーは首を横に振り、 こう言いました。 「おい、 キャス、 おれのものはおれが片づける。 君も提供者になればわかるさ」

⇒ 感情を表わす表現: 
I’d feel a similar little prickle of resentment
       → prickle: if your skin prickles it begins to sting or feel cold because you are very frightened, angry etc. 

he’d say these things to me half-jokingly, almost affectionately
  
 〇 it hardly amounted to a row
       → row: an angry argument that lasts a short time, especially between people who know each other well 

 〇 To which he’d shaken his head


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。


〇 本日のメッセージ

愛込めて ご縁を結び 会話する
奇跡が起こり 社会進化


愛の力で結束してください。 調和ある会話をもてば、うまく人間関係は構築されていきます。 会話を進めてください。 調和あり、愛情あり、親切な心が優先すればうまく団結できます。 愛の力で結束してください。 今、まわりにいる人はとてもご縁深く、タイセツな人です。 その存在、今ここにある奇跡が意義深いのです。 ぜひ大調和に会話を集約して和みのある集いに進化させてください。


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