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閃き!!!


震災復興 啓示二百二十一』(2013年第六十四信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


「剣の精神誌(無住心剣術[むじゅうしんけんじゅつ]の系譜と思想)」に接し、 思うこと。
2013年を振り返り、 戦国時代から江戸時代にかけての日本人の精神史にも触れてみたい。 


1)無住心剣術(むじゅうしんけんじゅつ)


剣術といえば、 まず、 一般的には「宮本武蔵(五輪書)」であるが、 江戸時代中期に「一千回を超える他流試合で無敗」(宮本武蔵は六十余回無敗)の剣客がいた。 その剣客が無住心剣術(むじゅうしんけんじゅつ)の「真里谷円四郎源義旭」である。


→ 「真里谷円四郎源義旭」を語る前に、 「宮本武蔵(五輪書)」に関する有名な評論家・小林秀雄氏の「武蔵観」を付記する。 「私が、 武蔵といふ人を、 偉いと思ふのは、 通念化した教養の助けを借りず、 彼が自分の青年期の経験から、 直接に、 ある極めて普遍的な思想を、 独特の工夫によって得るに至ったといふ事です。 戦国時代といふ時代は、 言ふ迄もなく、 教養より、 もっぱら実地経験に頼るものが成功した時代で、 様々な興味ある実行家のタイプを生んだのであるが、 かやうな経験尊重の生活から、 一つの全く新しい思想を創り出す事に着目した人は絶無であったと言ってよい。 武蔵は、 敢て、 それをやった人だと私は思ってゐる。 彼の孤独も不遇も、 恐らく、 このどうにもならぬ彼の思想の新しさから来たのであって、 彼の方から、 殊更世間を避けたといふ様な形跡は全くない。 この徹底した現実主義者に、 遁世の趣味などあった筈がなく、 僅かな文献から推察するのだが、 彼の日常生活には、 豪傑風の濫費も隠者めいた清貧もない。 極めて合理的なものであったらしい。 武蔵は自分の実地経験から得た思想の新しさ正しさについて、 非常な自負を持ってゐたに相違なく、 彼は、 これを『仏法儒道の古語をもからず、 軍記軍法の古きを用ひず』と語ろうとした。 これは無論、 当時としては異常な事だったし、 又、 厳密に言へば、 不可能な事でもあった。 両方とも『五輪書』が証明してゐます。 伝統を全く否定し去って、 立派な思想建築が出来上るわけはない。 併(しか)し、 彼の性急な天才は、 事を敢行して了ったのである。 だから、 「五輪書」は、 作者が言ひたかった事を、 充分に言ひ得た書であるかどうか疑問だが、 言はばその思想の動機そのものは、 まことに的確な表現を得てゐる。 (中略) 私は、 武蔵といふ人を、 実用主義といふものを徹底的に思索した、 恐らく日本で最初の人だとさへ思ってゐる。」


→ 宮本武蔵が「徹底した実用主義者」であることに対し、 無住心剣術(むじゅうしんけんじゅつ)は、 「心法の剣」と言われ、 極めて抽象的で、 「型」も、 さまざまな太刀捌きの技術もない、 文字通りの「無住心」剣術である。 ※無住心剣術: 無住心剣術は通称を「夕雲流(せきうんりゅう)」といい、 破想流あるいは離想流などという別名で呼ばれることもある。 開祖針ケ谷(針谷)夕雲。 この夕雲から真面目(しんめんもく)と呼ばれる印可を受けた後を継いだ小出切(おでぎり: 小田切と書く場合もある)一雲(いちうん)が後に出家して空鈍(くうどん)と名乗ったことから空鈍流とも称した。 「真里谷円四郎源義旭」は、 この一雲に就いて学び、 無住心剣術の三代目を継いだ人物である。


2)無住心剣術の特色


小出切一雲は、 「夕雲流剣術書」のなかで、 次のように述べている。


イガタ(鋳型)ナクテ手離レノシタル兵法故、 当流ニハ他流ヨリハ結句心得違ヒアリテ、 正脈ヲ取失フ紛レ者ノ出来(イデキタ)ラン事ヲ深ク恐レテ、 此一巻ヲ記ス。」


すなわち「当無住心剣術は他流のようなその流儀特有の『型』がない不定形な心法による自在な剣術であるため、 それだけにかえって他流にくらべ、 当流の流儀の真意が伝わりにくく、 当流の正しい伝承が失われてしまいやすい。 それを憂えて、 ここにこの一巻を記す。」とわざわざ断っているように、 一般的にはきわめてわかりにくい剣術であった。 このわかりにくさは、 無住心剣術が、 いわゆる剣術諸流のような、 具体的な種々の構えや太刀捌きを用いず、 それに代って目に見えない「気」の運用を特に重視する剣術の構造であったからかもしれない。 とにかく、 無住心剣術の大きな特色は、 この「気」の強調であろう。 無住心剣術の極意の伝書といわれている「天真独露」は、 冒頭「凡ソ諸人之気ニ四種之分チ有リ」から始まり、 随所で「気」を論じ、 たとえば、 「古今ノ兵法諸流心ヲ以テ論ズ、 心豈(あ)ニ応ニ論ズベケンヤ、 唯気ノミ」と「気」を強調している。 現在、 一般には「武道と気」とは切っても切りせないほど深い関係のように思われており、 たとえば合気道などは「気」抜きには論じられないような感がある。 しかし、 日本の武道史上最も広くその名を知られている宮本武蔵には、 後世の「気」という概念はほとんどなかったようである。


※上記1)及び2)は甲野善紀著「剣の精神誌」より引用。


3)甲野善紀氏との出会い(本の上で)


2013年に於ける出会いの中で、 「甲野善紀氏」の存在は大きい。 切っ掛けは、 月1回の東洋医学研究会に於いて、 友人より「武術と医術 - 人を活かすメソッド」(統合医療などについて、 小池統合医療クリニック医院長・小池弘人氏との対話形式による本)を紹介頂いたことに始まる。 人間の身体の動きを細胞レベルで捉えるような細やかさにまず感動した。 また、 過去に次のような感想を述べていた。 「武術研究者・甲野善紀氏のパワー: 武術研究者・甲野善紀氏のパワーの凄さは、 NHK制作下記u-tube(タレント・爆笑問題とオリンピック柔道金メダリスト・吉田秀彦氏がインタビュー)で確認できる。 オリンピック柔道金メダリスト・吉田秀彦氏が簡単に扱われている様子は圧巻である。 甲野善紀氏は人間の力の流れを鮮やかに捉え、 ご自身は58キロの体重で、 108キロの体重の吉田秀彦氏の身体を軽々と持ち上げている。 医療の分野でも大いに参考になり、 応用できる武術パワーである。」と。 今回の「剣の精神誌」を紐解くことにより、 甲野善紀氏の人間の身体の動きを捉える細やかさの源泉がわかったような気がした。


4)剣の精神誌(無住心剣術の系譜と思想)に引き込まれるもう一つの理由


実は、 「真里谷円四郎源義旭」(1660年生まれ ー 1742年没)とほぼ同じ時代背景に、 私の先祖・和氣権之助豊勝1646年没: 私の墓地に眠る)も生きていたということから、 ある親近感を覚える。 和氣権之助豊勝は城主・和氣出雲守衆勝の長子で、 皇室病院の典薬寮の院長で、 日本最古の医学書である、 『薬経太素』を著した和氣広世(796頃現役)に繋がる人物である。 


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。



本日のメッセージ


静けさや 心を鎮め 見つめ合う
瞑想の中 聖なる響き


静寂の中で、 こころと見つめ合いましょう。 静かなる瞑想を行い、 自らを顧みましょう。 今日の聖なる一日を有効に使いましょう。 心を鎮め、 平常でない沈黙を保ってください。 静けさの中に聖なる声が聞こえ、 あなたの軌道を修正してくれます。 進むこと退くことの判断が明確になります。 本流の道のりへの修正が行われます。


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