中国紀行文(9)― 8月1日(土曜)→ 8月2日(日曜)
廬山観光を満喫してから、 タクシーで江西省南昌市に向った。 ここ南昌市には省委書記(日本では県知事に相当)・ 蘇栄氏(前中国共産党中央党校常務副校長、前甘粛省委書記)がおられ、 後々にお世話になることとなる。 南昌市に着いてから、 4星のホテルに宿泊することとし、 チェックインしたが、 日本円を人民幣(RMB)に変換できないことがわかり、 急遽5星ホテルに移動した。 ここは蘇栄氏も誕生パーティー等に使用される最高級ホテル。 ここで実は、 後に問題が起こる発端となる出来事があった。 今回の旅行の目的のひとつは、 エベレストの麓まで行くことであった。 まず、 4星ホテルの旅行社でチベットのラサまでの航空チケットをチェックしたところ、 四川省重慶市経由で行くのが、 一番安いということがわかった。 移動した5星ホテルで最終的にチケットを購入した。 この時点では、 まだこのチベットのラサ行きに問題があることを知らなかった。 翌朝、 飛行機で四川省重慶市に飛び、 空港近くのホテルに宿泊することとした。 このホテルのバイキングは素晴らしく、 果物、 魚、 肉、 刺身等、 安価で料理は豊富にあった。 食事を楽しんだ後、 周恩来ゆかりの地(毛沢東にとっても)に行くこととした。 この地は長江を望める丘の上にあった。 一般の女地主が革命家達のために無償で別荘を提供していたということだ。 周恩来の銅像、 毛沢東が実筆で書いたメッセージの広大な石碑、 周恩来が革命に利用した部屋等、 数多くの歴史的なものに触れることができた。 廬山山荘とは違い生活感で満ち満ちていた。 就寝時に利用したベッド、 書斎の本棚等等、 当時を偲べるものが沢山あった。 また、 公園の一角には周恩来の若いときの石像があった。 周恩来は日本に留学したこともあり、 将来の私の人生にもつながる縁のようなものを感じた。 周恩来への思いを満喫できるひとときであった。 そして、 問題の明日が待っていた。
― - - つづく









