龍時01-02[再読] | 日常蹴辺

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身辺雑記

あまりに放置しすぎているので、趣旨を変えてなにか書いてみることにします。まあ、いつまで続くことやら……。観戦記は別にどっかに書いています。

今月はいつに増して緊縮財政を強いられており、まともな本を購入する原資が極めて少ない。なので主に文庫本を読むことに決めた。

まず1冊目は森達也の『クォン・デ─もうひとりのラストエンペラー』(角川文庫)。ドキュメンタリーは客観的なノンフィクションではない、自分の歴史観をしっかり刻みたいと公言する森さんだけあって、取材した事象から物語を紡ぎ出すのはすばらしく巧い。かといって、特定の思想的立場から都合のよいように解釈しているわけではない。そこに働く想像力こそが重要なのだ。

理念としてのアジア主義が「デモクラティックな」ファシズムに置き換わってゆく様。 革命の理想を成就することなく、時代に翻弄され、異国で死んでいったベトナムの王子の弱さ。しかし、クォン・デは単純に時代の犠牲者なのだろうか。彼は不幸だったのだろうか。そう読者に一度は考えさせる書きぶりはさすがだ。


2冊目は再読した野沢尚の『龍時01-02』(文春文庫)。以前は野沢尚というとドラマの脚本家としての方が馴染み深く、小説はまるっきり読んだことがなかった。『龍時』シリーズを初めて読んだのは作者が急逝してしばらく経ってから。『俺が近所の公園でリフティングをしていたら』が予想外に面白く読め、もしかするとサッカー小説というのは面白いのかもしれないと思い直し、ようやく手に取ったのだ。

『龍時』はさすがに『俺が~』とは違ってプロの小説家の書いた作品だった。サッカーを題材にするとどうしても教養小説になってしまうわけだが、そういう制約をもサッカーという懐の深い文化に吸収させ、エンタテイメントとして最高に面白い作品になっていた。どうして作家が生きている間に読んでおかなかったのだろうと後悔したし、作家がこのシリーズを3冊書いただけで未完のまま亡くなってしまったことも本当に残念に思った。

この1冊目は主人公のサッカー選手・リュウジの中学生時代から始まり、家族や恋人や友人などのバックグラウンドに丁寧に触れながら、スペインに渡って成功の端緒を掴むまでを描いている。
リュウジが感じた閉塞感は一介のJ2サポには縁遠いものではあるが、孤独と挫折、成功への渇望は読む者を圧倒する。多分、3度目に読んでもまた感動するだろう。

野沢尚が遺してくれた3冊を、大切に繰り返し味わいたい。