落語の舞台を追って歩く①神田 日本橋 人形町 馬喰町 両国 | 一兵卒のブログ

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呑んで食って遊んで
呑まれて食われて遊ばれて
日々是好日

私は落語を
かれこれ200本以上、
寄席やYouTubeで
見聞きしています。

新作・創作落語も
良い作品が多々ありますが
やはり古典が良いですね。
古典は
江戸時代の粋と人情を
醸し出し
古き良き日本の情緒に
浸ることができます。

その落語の舞台を
河合昌次さんの著書
「江戸落語の舞台を歩く」
を片手に歩きます。
兎に角よく調べ、
解説されている本。
時間を忘れて
江戸に思いを馳せて
歩くことができました。


歩いた時間、5時間45分、
距離18.5km也。

本に記載は無いのですが
大手町をスタート地点に
歩き始めました。

■大手町
①「三味線栗毛(錦木検校)」
の舞台「大手町」。
この大手門前、大手町が
落語「三味線栗毛」の
主人公の一人、
酒井 酒井雅楽頭が居を
構えた所。
譜代大名の名門、
酒井家の本家で
上野・前橋十二万五千石
→播州・姫路十五万石。
■大手門
皇居前



「将門の首塚」のところに
酒井家屋敷後の碑があります。

■将門塚

パワースポットです。

■神田橋

かって江戸城守衛のため、
内郭門の「神田橋門」が
築かれていたとのこと。


歩いていたら
「出世不動尊」がありました。

小さいですが
何とも良いですね。


■日本橋方面に歩いていると
古い建物がありました。





■お江戸日本橋亭
寄席です。
何度か来ましたが
庶民的な雰囲気で
演者と観客の距離が
近い演芸場です。


■三井本館ビル
古い建物と近代的なビルが
融合しています。

向こう側は三越です

■三越本店
②落語「三井の大黒」の舞台






常磐橋は改築中。
その近くの
「一石橋(いちこくはし)」。



その橋の辺りに
「しらせ石標」がありました。
江戸時代、繁華街に
設置されていた迷子の
情報交換・連絡板です。

書かれているのは
正面「迷い子のしるべ」


左側「たづぬる方」
迷子の行方を
尋ねるひとが
石標の窪みのところに
情報の紙を張ります。

右側「しらする方」
迷子の情報を持つ人が
同じく紙を張ります。

裏側
安政4年(1857年)


■日本橋
③落語「百川」の舞台
百川楼がこの辺りに
あったらしい。

■日本橋の近くに
魚河岸跡の碑
関東大震災後、今の築地に
魚市場は移転したとのこと。




日本橋から人形町方面へ


■小網神社
強運・厄除の神社。
ここ隠れたパワースポット。
関東大震災や大戦の時でも
被害を受けることが
なかったという。



小網神社近くの
ラーメン屋「三浦」。
ここの
青唐辛子ラーメンは絶品。

■鎧橋

■鎧の渡し跡地

■東京証券取引所


人形町に入りました。
■からくり時計
昼間の各時間ピッタリに
人形町の名の由来を
落語家が語るらしい。

■玉ひで
軍鶏料理の名店。
11時、既に
長蛇の行列が出来ています。


人形町の甘酒横丁に入ります。

■柳屋
鯛焼き屋さんです。
残念ながら休みか…。

■彦九郎
柳屋がダメならこっち。

甘酒とどら焼を
頂きました。
どら焼は美味かった!

■水天宮
只今、改築中。


■玄冶店(げんやだな)跡
瀕死の家光を救った医師、
岡本玄冶の
拝領屋敷があった地。
④落語「お富与三郎」の舞台
⑤落語「派手彦」の踊りの
師匠「お彦」が住んでいた地。
(③落語「百川」の常磐津の師匠、
「歌女文字(かめもじ)」の
住んでいた地。)

■人形町末廣の跡地
寄席があったとのこと。




■椙森神社
江戸「三森」神社のひとつ。
(他は新橋「烏森」、
神田「柳森」)
⑥落語「城木屋」があった地。
⑦落語「宿屋の富」の
富くじの抽選が
行われた神社。







小伝馬町へ入ります。
■十指公園(じっしこうえん)
江戸幕府の牢屋があったところ。
処刑場もあり、
吉田松陰終焉の地。

鐘楼もあるがこれは、
石町(こくちょう)の
時の鐘をここに運んだとのこと。















■大安楽寺
処刑された受刑者を
弔うために、明治元年設立。


馬喰町を経由、
東日本橋に入ります。

■薬研堀不動院
⑧落語「四つ目屋」の舞台
(この四つ目屋、まだ聞いてない)

■まなべ河岸跡地
⑨落語「夢金」で
熊蔵がここに船を着けて
娘を助けたとのこと。

見えるのは両国橋





■両国広小路
繁華街であったらしい
⑩落語「がまの油」の舞台



■柳橋
⑪落語「船徳」、
⑫落語「花見小僧」に
出てくる船宿があった地。

神田川です。
この景色は
なかなか見れませんね、
素晴らしい。







■両国橋
⑬落語「擬宝珠(ぎぼし)」、
⑭落語「たがや」に
出てくる橋。



■ももんじや
四足の獣を食わせる店。
猪は山くじらと言ったらしい。





■回向院(えこういん)
明暦3年(1657年)
「明暦の大火(振袖火事)」
の犠牲者は10万人。
その大半の無縁仏の
冥福を祈る法要を
行わせるために
建立された堂宇が
回向院のはじまり。



相撲興行は
ここで行われていたらしい

ネズミ小僧の墓。
墓の手前にある石を
削ってその粉を
財布等に入れておくと
金運や健康運が良いとのこと。
私は入れる袋が無いので
粉を食べておきました。



回向院はこんな所です


勉強になる良い歩きでした!