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このブログを読んで頂いている皆様は御存知だと思いますが、

2012年4月21日から25日まで「神話の郷高千穂&乳白色秘湯巡り」と題して九州旅行にお越し頂きました。

この時点で先生は、面会はおろか電話の取り次ぎも限られた方のみ行うぐらいの体調でした。

そんな中御家族の御了承の基、お孫さんに今生の別れをしておいで下さりました。



熊本空港に降り立って一泊目の「地獄温泉/清風荘」。



九州のパワースポット「幤立神宮」。

立志柱に関連して「志」の書。

ブログは、高千穂/国見ケ丘での御来光の後の散歩迄で途切れています。











その後「真名井の滝」へ









それから「天岩戸神社」や神楽の面の作製者を訪ね、

御一緒に昼食を致しました。



『観光に来たんじゃない』とおっしゃいましたが、

ここの景色と空気を吸って欲しく

九州のナイアガラ「原尻の滝」に御案内致しました。













到着すれば気に入って戴いたらしく、かなりの距離を歩いて滝をぐるりと一周致しました。

ここの道の駅でソフトクリームも食べました。






この吊り橋も渡りました。

この時前方からカップルが来ていました、すると先生は橋を揺らす揺らす(笑)



こんな御写真も御座います。







24日は福岡で三遊亭歌之介師匠の独演会にお邪魔し、
歌之介師匠と博多の有志数名で先生を囲み最後の晩餐を楽しみました。
この時、数年前のビックリするぐらい元気な先生の姿で酒を酌み交わし
貴重な教えを賜りました。

私と先生の今生の別れの1枚です。


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又の機会にゆっくりブログの続きを綴りたいと思います。

皆さんも先生の足跡を辿りに是非九州へお越し下さいませ。
如何でしたでしょうか!?

大迫力の集合記念写真と感じて頂いたんじゃないでしょうか?

又当日御出席出来なかった方々へも会場の熱気は伝わったと思います。



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皆さんは、三階の先生の書斎は覗かれた事が御座いますか?

天気の良い日は、「富士山」をも眺めます。



そのままの状態で残されている写真。







ここで色々な書物を読破し、原稿を書き、勿論我々にいつもメッセージをと筆を走らせて居られました。



「心」の書と先生が良く描いていた「瞑想」の書。



「去る者は、追わず」とこの『猿』の絵も良く描かれていらっしゃいました。






この写真は、私の関係者が生前最後に訪問した際、
ここで一枚撮れと言われ
この写真を私に渡せと言われました。
多分後ろに写っている「拳骨和尚」の様に
『喝』と怒鳴り続けろと云う
意味だと勝手に受け取っています。

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挫けそうになった時の自分に、言い聞かせる『竹』の書!
サインが「乾舟」ではなく、「将人」と言うのも珍しいと思います。

竹の字の「節」が大切ですね!!

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御存知『まず一献』の歌詞です。
皆さんは、台詞入りの迫力ある先生の歌声を思い出されると思います。
4番の台詞「克巳」の書を中央に据えました。

因みに当日は、晩年に録音された先生の魂そのままの、
情感が隠った唄声を流しました。
いよいよ出席者全員、総勢約350名が勢揃いの一枚です。

明治記念館、開館以来初めての試みでした。

担当者からは「無謀です、絶体に無理ですから止めましょう」と言われました(笑)

しかし最後は、照明の電球交換用のリフトまで用意して下さいました。



特と御覧下さいませ。




実行委員として、中々集まれない皆様方と記念に写真を撮影したく御出席の皆様の御協力のもと素晴らしい思い出の記憶に残る一枚に成りました。



先ずは、100名ちょっとずつ3グループに分かれて撮影しました。



第1グループ







第2グループ







第3グループ




お待たせ致しました。

引き続き式辞表冊子の解説をさせて頂きます。



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第二部の『將人縁の会』に因んで「縁」の色紙。



この会を開催する切っ掛け、嫌決意に至った案内状の走り書き。



亡くなる数日前にも「どうしても行きたい」と訪れた群馬県「谷川温泉」の露天風呂から眺めた谷川岳の写真。









そして先生の心情を詠った

「喧嘩しないで暮らそうじゃないか、末は互いにこの姿」(挿し絵入り)



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平成7年に奥様を亡くされた後
ずっと長い間待ちわびていました。
そして念願叶って授かった新しい家族!

久し振りの家庭愛、倖せ一杯満面の笑みの写真。



それらと関連する「慈悲」、「頬笑み」、「幸」の書。