FLICKS FREAK -22ページ目

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

すさまじい映画を観た気がする。

 

監督は浜野佐知。300本を越えるピンク映画を撮影している女性監督だが、彼女の逸話は、1997年の東京国際女性映画祭にて「日本の長編劇映画の女性監督で、最多本数は田中絹代の6本である」という発言に発奮して一般映画を撮り始めたというもの。浜野佐知監督のピンク映画は観たことがないが、「女性の主体性にこだわったピンク映画」というものらしい。この作品は、彼女の7本目の一般映画作品。

 

金子文子は、関東大震災後の官民による朝鮮人虐殺から目をそらすためにフレームアップされた「朴烈事件」で愛人の朴烈とともに大逆罪で死刑判決を受け、恩赦で無期懲役に減刑されるも獄中で縊死した大正期のニヒリスト、アナキスト。享年23歳。

 

金子文子を題材とした作品には、韓国映画で『金子文子と朴烈(パクヨル)』(2017)があるが、それは邦題で、原題は『박열』(パクヨル)。その作品では朴烈を主人公として、金子文子は「朴烈のためなら死ねる」という愛に殉じた日本女性として描かれている。この作品は、その作品で描かれた金子文子とは異なる人物のようにすら思える。

 

この作品で描かれた金子文子は、無籍者として生まれ、親に捨てられ、親族に虐待された女性が、日本統治時代の朝鮮で発生した大日本帝国からの独立運動である三一独立運動に感化され、虚無主義から、個人を支配・抑圧するあらゆるヒエラルキーを否定するアナキズムに思想を昇華させ、生きることを肯定しつつも最大の個人の自由として自死を選ぶという若き思想家の鮮烈な生き様を描いている。

 

自分はユーロスペースで監督の上映後舞台挨拶のある回を鑑賞したが、上映後に監督と脚本の山崎邦記氏と話しをする機会を得た。

 

 

 

 

私が彼らにした質問は、「関東大震災での朝鮮人虐殺をフレームアップするために大逆罪で問われた金子文子を描くのに、なぜ関東大震災のシーンを一切入れなかったのか」。それに対する山崎邦記氏の回答は、「金子文子という一人の女性を描くのに、彼女の原点となる出来事として、幼少の朝鮮時代の虐待や三一独立運動は描いた。しかし、朴烈事件での冤罪の構図が彼女の人生にそれほど影響を与えたとは考えなかった」というものだった。

 

その説明が腑に落ちたのは、金子文子は常に朴烈とセットで語られることが多いが、彼女の人生は朴烈の添え物などでは決してなく、彼女の生き様を描くためには、朴烈ですら単なる脇役でしかなかったということだろう。

 

映画は大逆罪の死刑判決から始まり、自死に至るまでの121日間を描いている。そして彼女の過去は全てフラッシュバックとして挿入されている。そこでは強烈な金子文子の印象に比して、朴烈の印象はいかにも薄い(朝鮮時代に虐待した、吉行和子演じる祖母の方が強烈な印象を与えるくらい)。それこそが浜野佐知監督が描きたかった金子文子だったのだろう。

 

重要なモチーフが、未成年受刑者として同収容所に収監されていた少女や、女性看守との交流。立場の違いはあれど、同じ女性として、強大な権力と闘う一人の女性に共感するシスターフッドはこの作品の重要な副旋律。

 

金子文子が到達した「生を肯定しながらも自死を選ぶ」というアナキズムを理解することは容易ではないが、実に興味深い思索になるだろう。そして、浜野佐知監督が描く金子文子という一女性に思いを馳せることは、フェミニズムを考える上で意義深いと思われる。奥が深い作品。今年公開の日本映画を語る上では、外せない作品の一本だろう。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『金子文子 何が私をこうさせたか』予告編