『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』 (2026) 塚本晋也監督 | FLICKS FREAK

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

塚本晋也監督最新作。当初公開予定は全国28館だったが、公開直前に公開規模が大幅に縮小され、全国で6館あるキネ・フィルム直営のKine Cinemaと沖縄の2館の計8館での公開。連日大入りながら、公開日数も短縮されるという噂も流れている。配給のキネ・フィルムは「諸般の事情」としか発表していないが、何やらモヤる公開事情となっている作品。

 

塚本監督は『六月の蛇』 (2003)でヴェネツィア国際映画祭コントロコレンテ部門審査員特別賞を受賞して以来、ヴェネツィア国際映画祭の常連というイメージがあるが、カンヌやベルリンよりも芸術性を評価されるイメージのヴェネツィアを指向しているのが塚本監督らしさかもしれない。この作品は、ヴェネツィア国際映画祭で「金の小獅子賞」を受賞している(「金の小獅子賞」はイタリア全20州から選ばれた18歳の高校生20人が審査員を務めて選ばれる賞。昨年は『ヒンド・ラジャブの声』が受賞)。

 

塚本監督の代表作と問われれば、誰もが迷わず『鉄男』 (1989)と答えるだろう。塚本監督はそれ以降、「都市と肉体」をテーマに人間の中にある暴力性をファンタジー的に描いてきた。その作風が変化したのは、『野火』(2015)以降。『斬』(2018)をはさんで、『ほかげ』(2023)、本作に連なる「戦争三部作」を観ると、塚本監督の中に明らかな変化を見出す。それは「人間の中にある暴力性」が極限まで発揮される戦争を題材として、それがよりリアリティを持って感じられる今日の空気を感じていることが制作の原動力になっているのだろうと感じる。また彼は、俳優としても数多くの作品に出演しているが、彼にとってマーティン・スコセッシとの出会いとなった『沈黙-サイレンス-』(2016)の出演は大きなプラスになったことだろう。この作品を観ても、作品に映画としての深みが増したように感じる。そして本作は、今後、『鉄男』に替わる塚本監督の代表作となる作品になるだろう。

 

題材となっているのは、実在のベトナム戦争に従軍しPTSDを患った黒人帰還兵アレン・ネルソン。彼の同題の自伝を映画化した作品。戦争を題材にした作品は、ヒロイズムという視点あるいは被害者という視点の作品がほとんどだが、この作品は加害者の視点で戦争を描いたことが新鮮だった。

 

日本人監督が、ベトナム戦争の帰還兵の物語を描くというのは意外な感があったが、調べてみるとネルソンは日本とは縁が深く、彼が戦争体験を語る講演を日本だけでも1200回以上行っており、仏門に帰依して彼の遺骨は石川県加賀市の光闡坊(こうせんぼう)に眠るという。自分の地元だけに、なにやら身近に感じてしまった。自分の実家(金沢市石引)からは車で1時間の距離ではあるが、機会があれば訪れてみたいと思った。

 

前半は、ネルソンの戦争の記憶と退役軍人病院のダニエルズ医師とのカウンセリングの様子が交互に描かれる。ダニエルズ医師は、カウンセリングで必ず「なぜ人を殺したのか?」という問いかけをする。それに対するネルソンの答えは「殺すか殺されるかの二つに一つしかなかった」「それが戦争だ」「自分は兵士であり、殺すことが仕事だった」と答え続けるが、ダニエルズ医師は同じ問いを毎回のカウンセリングで繰り返す。どういった答えがあるべきかを考えながら観ることが、前半の面白味だった。自分が想定した答えは、言葉こそ違ったが同じような趣旨だったので「なるほど」と納得して観ていた。

 

ただ前半の戦闘シーンは、現実の戦争の惨劇がSNSでさらされる現代、どれだけ残虐なシーンがあるかと身構えると「これくらいで抑えているのかな」と思わないでもなかった。ベトナムでの戦闘シーンよりも、ベトナム従軍兵が沖縄で行う無法な暴虐行為の方が予想していなかっただけ驚かされた。

 

そして自分が俄然面白いと思ったのは、後半部分。ネルソンの息子の学校で、ひょんないきさつから彼が戦争体験を語ることになるシーン。加害者の立場から語るということがどれほど辛く苦しいことが伝わり、それを言葉ではなく伝える映画表現は素晴らしいと感じた。そして学校から帰ってきた息子のリアクションが、自分にとってはこの映画のピークだった。

 

 

アレン・ネルソンは、ベトナム戦争において非戦闘員を含む多くのベトナム人の命を奪った加害者だったが、戦争はその加害者ですら被害者にするということがこの作品のメッセージ。そして本当の加害者は、兵士の人間性を奪う国家であると言えるだろう。そして戦争という極限状態では、人間は同じく人間性を失った「獣」になってしまうのだろう。「誇り高い日本兵は残虐行為をしなかった」とか「精神力に優る日本兵はPTSDなどにはならなかった」という言説を空々しく感じさせる作品だった。観て損はない。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』予告編