『サンキュー、チャック』 (2024) マイク・フラナガン監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

実に深い作品。哲学的なテーマを探求する思弁的フィクション(スペキュレイティブ・フィクション)であり、「死」という誰しもが避けられないテーマを扱っていながら、恐怖というより前向きなポジティブさすら感じさせる作品。即ち、この作品はホラーではない。

 

原作はスティーヴン・キング。「ホラーの帝王」の異名を持つキングだが、彼の原作小説の映画化作品には『ショーシャンクの空に』、『スタンド・バイ・ミー』や『グリーンマイル』といったホラー以外の作品も少なからずある。ただ、監督がホラー畑のマイク・フラナガン(『シャイニング』続編の『ドクター・スリープ』ほか)であり、予告編も何やら不穏な雰囲気を漂わせ、アリ・アスター系の作品かと思いきやその予想は見事に外された。

 

映画にはウォルト・ホイットマンの詩が印象的に使われている。ホイットマンの詩が印象的に使われた映画と言えば、言うまでもなくピーター・ウィアー監督『いまを生きる』(1989)だろう。『いまを生きる』が自己肯定を強く訴える作品であれば、同じくウォルト・ホイットマンの詩が印象的に使われたこの作品も自己肯定感を喚起する作品であることは想像に難くない。そしてこの作品に使われたホイットマンの「自己の歌」がこの作品を象徴していると言っていいだろう。

 

Do I contradict myself?
Very well then I contradict myself,
(I am large, I contain multitudes.)

 

私は自分と矛盾しているか?

よろしい、ならば私は自分と矛盾しよう。

(私は巨大だ、私は無数の人間を内包しているのだ。)

 

多様性や矛盾した感情の肯定であり、それを受け入れることで自己の肯定につながっている。


作品は三部構成。そして冒頭から「Act Three(第三幕)」となり、「おや」と思わせた。大規模な自然災害と人災が次々と地球を襲い、世界が終わりを迎えるかのようなある日突然、テレビやラジオに「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という謎の広告が大量に現れる。

 

(以下、ネタバレ)

 

「何が起こっているのだろう。チャックとは何者?」という疑問は、場面が切り替わって病床のトム・ヒドルストンが映し出され、彼の妻であろう人が「Thank you, Chuck.」と呼びかけることで、「ははあ、滅亡する世界は彼の脳内世界の物語なんだな」と理解した。インターネットや通信の遮断は意識の遮断であり、停電は視覚障害の暗喩。そして最後には夜空の星が次々と消えるという宇宙の滅亡に至る。名もないありふれた一人の男の人生が地球・宇宙にシンクロしている。チャールズ・クランツはどこにでもいる一人の人間なのだが、その一人にとっての「死」は宇宙の滅亡と同じ意味があるということ。この世界の描き方は、「私の心だけが確実に存在し外界や他者は存在しない」とする独我論的世界観と言えるだろう。

そして劇中、カール・セーガンの宇宙カレンダーが実に効果的に使われていた。宇宙カレンダーは、宇宙誕生のビッグ・バンを1月1日として、現在までを1年のカレンダーに置き換えたものだが、ホモ・サピエンスの誕生は12月31日午後11時59分。そして、イエス・キリストの誕生及び人類の文明史のほぼすべては午後11時59分59秒後の1秒間の出来事であるとされる。宇宙の時間に比べて、我々の人生はいかに些末なものであるかではあるが、それでも人の人生はその人にとっては宇宙全体に相当するものである。このミクロとマクロの反転が第三幕の重要なテーマだろう(高校3年当時カール・セーガンが流行り、「これは受験勉強には精神的にマイナスだな」と思いながら『COSMOS』を読んでいたことを思い出しながら観ていた)。

 

第二幕、第一幕と順序が倒置しているまま物語は過去に遡る。第二幕では、チャックが路上ミュージシャンのドラムに合わせて踊るシーンがクライマックスなのだが、彼とダンスとの関わりは第一幕になって明かされる。その「伏線の回収」とまでは言えないほどのさりげない演出は気が利いていた(例えば、ドラムのリズムで思い出す「台所でリズムを取る指」の場景)。

 

第二幕と第一幕だけでも物語は成立するが、第三幕があることで映画としての面白みが抜群に増していることが、映画的によく出来ていると思わせた。

 

マーク・ハミルがチャックの祖父役で出演。『マンダロリアン』で若返ったマーク・ハミルを観たばかりなので、年老いたマーク・ハミルは「ルーク・スカイウォーカーもこんなに年を取ってしまったんだな」と興味深かった。

 

個人的には、屋根裏部屋の秘密はなくてもよかったのではと思う。若い頃に自分の死のヴィジョンを見ても、自暴自棄になることなく懸命に生きたチャックのポジティブな生き方を描きたかったということはあるのかもしれないが。そして、なぜチャックが手の傷のことを妻に嘘をついたのかはよく分からなかった。

 

ありふれた一人の男チャックは我々一人一人の表象であり、ポジティブに生きることがいかに大切かを教えてくれるようだった。観る人によって受け止め方はかなり違いはあり、評価が分かれる作品だろうが、刺さる人には刺さる作品だろう。

★★★★★★★ (7/10)

『サンキュー、チャック』予告編