『枯れ葉』 (2023) アキ・カウリスマキ監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキ監督の『ラヴィ・ド・ボエーム』 (1992)は名作の一本。偶然に出会った二人が惹かれ合い、困難を乗り越えて愛を育むのだが悲劇的結末を迎える。エンディングロールに『雪の降る街を』が日本語で流れてきた時は驚いた。。歌っているのはカウリスマキ監督の『白い花びら』(1999)にバーの客としてクレジットされている俳優のトシタカ・シノハラ。彼は、本作『枯れ葉』でも武田の子守歌をフィンランド語で歌っている。

 

本作は前作『希望のかなた』発表後、引退表明したカウリスマキ監督がそれを撤回して6年ぶりに制作した最新作。

 

舞台はフィンランドの首都ヘルシンキ。フィンランドは豊かで自由な民主主義国として知られているが、この作品に出てくる二人はその豊かさからこぼれ落ちた二人。理不尽な理由で失業したアンサと、酒に溺れながらも工事現場で働くホラッパは、カラオケバーで出会い、互いの名前も知らないまま惹かれ合う。しかし不運な偶然と過酷な現実が、2人をささやかな幸福から遠ざけてしまう。

 

アンサの家にはテレビはなく、あるのはラジオ。そのラジオから流れてくるニュースは、ロシアのウクライナ侵攻の模様。それがなければ時代が現代であるとはにわかに思えないほど、質素な生活。かつてロシア帝国の支配下にあり、1917年のロシア革命後に独立したフィンランドだったが、アンサの暮らしは社会主義国家の生活様式と言われても納得してしまうほど。ホラッパに至っては定住する場所すらなく、会社の寮の大部屋だったりホステルだったり。

 

カウリスマキの作品の持ち味は「トラジコメディ」。静かな絶望と乾いた笑いが絶妙のバランスで折り重なっている。その笑いも「デッドパン・コメディ」と言うべき、抑えた表現の中に湧き出る可笑しさがある。それは役者の全く演技しない演技によって作り出される。

 

本作のテーマは、人生の厳しさを描きながらも「愛」というファンタジーが恋人たちを救うストレートなロマンス。それは『ラヴィ・ド・ボエーム』に通じるものがあるが、30年を経て、また世界が戦禍に見舞われる中で、監督に明らかな変化があったのだろう。厳しい現実の中でも希望を見出せるエンディングになっている。

 

また、監督の映画愛がダイレクトに見て取れる。アンサとホラッパがよく出会うのは映画館の前だが、彼らの背後に貼られたポスターは、ゴダールの『軽蔑』や『気狂いピエロ』、デヴィッド・リーンの『逢びき』、ルキノ・ヴィスコンティの『若者のすべて』、ロベール・ブレッソンの『ラルジャン』といったもの。そして彼らが最初のデートでホラッパが選んだのがジム・ジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』 (2019)。自分はあまりの評価の低さに未鑑賞の作品。映画館を出たアンサに「あんなに笑ったことはなかったわ」と言わせているのは盟友へのエールだろう(ゾンビ映画を初デートに選ぶというのもウケる)。またアンサが拾った犬につけた名前もチャップリンだった。

 

81分とコンパクトにまとめられた珠玉の小品。シンプル過ぎるほどの大人の恋愛物語だが、これはこれでいい。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『枯れ葉』予告編