『グレート・インディアン・キッチン』 (2021) ジヨー・ベービ監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

味気ないオープニング・クレジットに続き、矢継ぎ早にお見合いと結婚式の光景が描き出される。そして、その後格式高い旧家に嫁いだ新婚の嫁の毎日の家事の様子が丹念にしかも延々と描かれる。これほどまで家事のディテールを描いた作品は、古今東西ないのではないか。インドの見たこともない料理を調理する様子がクローズアップで映し出されていた時には、「美味しそう」などとのんきに観ていたのだが、家事に文字通り忙殺される新妻のフラストレーションが嵩じるにつれ、観ているこちらも辛くなってくる。幸せそうな二人を写したポスターと、ホーミーなタイトルに騙されてはいけない。これは家父長制とミソジニーに抑圧された女性のレジスタンスの物語である。

 

この作品は当初大手ストリーミング会社(アマゾン、ネットフリックスetc.)には全て断られたため、インドで無名のストリーミング・サービスによってオンライン封切りされたという。話者数が人口13.8億人の3%にも満たないマラヤーラム語で作られたことも大手に受け入れられなかった理由の一つだろう。登場人物も舞台となる場所も限られた、ミニマリズム的なこの作品のオンライン封切りに当たっては、宣伝らしい宣伝も行われなかった。しかし、ストリーミング・サービス開始後間もなくから主に女性の観客の間で大評判となり、ほどなく彼女たちは自主的に宣伝活動を始め、アクセス集中のため弱小ストリーミング・サービスのサーバが数日間ダウンするほどの事態となる。こうしたクチコミからの大ヒットの結果、インド・アマゾンがストリーミング権を買収するに至る。英語字幕の力によってインドのさらに多くの観客の間に共感の輪が広がることになり、そこから国内外の映画祭への出品にもつながっていった。

 

この作品の中で描かれたミソジニーの極みは、生理を「穢れ」と扱い、7日間は外出も許されなければ、人や物に触れることができず、自室に閉じこもらなくてはいけないというインドの宗教観に基づく風習。妻が夫に「ナプキンを買ってきて」と頼むことに最初驚いたが、自分で買いに行くことできない不自由を理解して納得した。性交痛を夫に打ち明けるのに「怒らないで聞いて」と前置きして告げなければいけない悲惨と言わざるを得ない状況。そしてそれを聞いた夫の対応は、まさに傷口に塩を塗り込むようなものだった。

 

新妻は、父親の仕事で中東の近代的な生活を送ったという設定。それに対して、インドの田舎の旧家で生まれ育った夫とその家族はどっぷりインドの「ナチュラル・ボーン・ミソジニスト」であり、女性蔑視を息をするように違和感なくできてしまうことが描かれていた。

 

この作品は勿論、インドあるあるを描いているのだが、大なり小なりこうしたミソジニーはどこにでもあることは言うまでもない。世界経済フォーラムが毎年発表している各国のジェンダー不平等状況を分析した「ジェンダー・ギャップ指数」では、2021年、インドは対象国153国中140位とかなりの下位だが、日本も120位とG7の中では圧倒的に最下位(2ndワーストがイタリアの63位)。中国の107位よりも低い結果であり、この映画を観て、「インドはひどい」とだけ言っていられる状況ではないだろう。
 

インド映画としては短い1時間40分の作品。インド映画お約束のダンスシーンがエンディングに用意されているが、それが因習から抜け出した主人公の象徴として添えられている構成はなかなかのものだった。

 

男性はこの作品を観て他山の石とすべきだし、女性はこの作品から勇気を得ることだろう。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『グレート・インディアン・キッチン』予告編