『マトリックス レザレクションズ』 (2021) ラナ・ウォシャウスキー監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

ウォシャウスキー姉妹の監督二作目『マトリックス』 (1999) は革命だった。「バレットタイム」の視覚的衝撃も大きかったが、それ以上に、この世界がシミュレーションであり仮想世界にジャックインするというアイデアはその後のネット社会に大きな影響を与えた。システムに反逆せよとする中心的思想が、『マトリックス』をしてサイバーパンク映画の金字塔としていることは疑いがないだろう。

 

ジェンダーの問題意識が高いウォシャウスキー姉妹はどちらかと言えばリベラルに属しているはずだが、『マトリックス』が右派的なネットミームとなっている現状は彼女たちの望むところではないだろう。アメリカのオルト・ライトはリベラルやフェミニズムのイデオロギーに洗脳された世界から目覚めて、戦うレジスタンスという自意識を持っており、その政治思想・世界認識のモデルに『マトリックス』を使っている。赤は共和党のシンボル・カラーだが、2020年に共和党支持者のイーロン・マスクが「赤い錠剤を飲め」とツイートし、イヴァンカが「飲んだわ!」と答えたの対し、リリー・ウォシャウスキーが「二人ともくたばれ」とツイートしたことはあまりにも有名だろう。

 

ワーナーブラザーズからの続編制作の要請を頑なに拒んできたラナ・ウォシャウスキーが、前作から18年を経てリブートではない正統な続編を突然制作したことを決意したきっかけは、彼女の両親の死の悲しみからの回復(タイトルにはその意味が込められているだろう)を意図したと伝えられるが、彼女の望まない方向でシンボル化された作品を自分とファンに取り戻すことが意識されたと思われる。本作品の登場人物の多くが、ネオやトリニティーの信奉者(ファン)であることがそれを物語っている。ちなみに妹のリリーが制作に参加していないのは、両親の喪失から抜け出せないことが理由であり、姉妹で正反対のリアクションであることは気を引かれた。

 

作品の出だしでは、『マトリックス』トリロジーは、世界的に大ヒットしたゲームという設定であり、トーマス・アンダーソンはそのゲームの開発者。親会社のワーナーブラザーズからトリロジーに続く新しいゲームの制作を要請され、スタッフ会議で彼らが『マトリックス』とは何であったかを議論するところは興味深い。そこで議論されていることが全て的外れであるというのがラナのメッセージであろう。この作品の批判には、アクションが物足りないということが少なからず聞かれるが、「マトリックスとは一言で言えば『バレットタイム』!」(二回繰り返して、「ツー・ワードだろ」と突っ込まれるシーン)とそこで言わせているのは、『マトリックス』は単なるアクション映画ではないという宣言と受け取った。

 

この作品を、ジェンダーの意識を持って観ると観ないとでは受け取り方は大きく違うのではないだろうか。そして、ラナがこの作品に込めたテーマは「共生」である。トリロジーでは人間 vs AIという二項対立が構図であったが、この世界は「0」か「1」だけではない方向もあるということ(映画の中でトーマス・アンダーソンが開発中のゲーム名が二進法を表す「バイナリー」であるのは、マトリックスの中では共生は意図されないという意味だろう)。ネオのことを「ミスター・アンダーソン」と男性敬称を強調して呼ぶエージェント・スミスは、ジェンダーフリーにとってのヘイターの象徴であり、そのエージェント・スミスですらこの作品ではネオに共感しているかのように描かれている(作品後半では、ネオの呼び方を変えている)。

 

また、この作品でテーマに則したより重要な役割を担っているのは、ネオというよりトリニティーと言うべきだろう。トリニティーは、マトリックスの中ではティファニーという名(旧来の男女関係を色濃く反映した『ティファニーで朝食を』から取られているのは明白)を与えられ、家族を持つ良妻賢母的な存在である。その「ステレオタイプの女性像」の否定が、トリニティーの覚醒である。人類の運命を決めるのはネオではなく、女性のトリニティーだった。飛べないネオに対してトリニティーが飛べるシーンは、女性であれ(性にかかわらず)主導することができるという象徴だろう。

 

トリロジーのイメージ・カラーと言えば、緑や青、黒といったクールな印象。それに対して、この作品を観てイメージするのは、夕日のアンバーであり、温かさを連想するのが印象的だった。エンディングでは、マトリックスを壊すのではなく作り変えるとするネオとトリニティーだったが、トリニティーが「空を虹色に塗り替えるのも悪くないわね」というのは、LGBTQの共生の明確なメッセージだった。

 

制作のきっかけから作品に描かれたテーマまで、非常に個人的なイメージの本作品を観て思い出したのは、ポン・ジュノ監督がオスカー受賞のスピーチで引用したマーティン・スコセッシの「最も個人的なことは最もクリエイティブなこと」という言葉。この作品を好きになれるかどうかは、ラナ・ウォシャウスキーの個人的なメッセージを許容できるかどうかだろう。新たな時代において、サイバーパンク映画というフォーマットで、明確なメッセージが込められたこの作品を自分は好感した。

(パンフレットは購入していないが、その中でデッドネームが使われているらしいことは日本ではまだ理解が浅い残念なことである)

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『マトリックス レザレクションズ』予告編

 

ウォシャウスキー姉妹フィルモグラフィー
1996年 『バウンド』 ★★★★★★ (6/10)

1999年 『マトリックス』 ★★★★★★★★★ (8/10)

2003年 『マトリックス リローデッド』 ★★★★★★ (5/10)

2003年 『マトリックス レボリューション』 ★★★★★★ (6/10)

2008年 『スピード・レーサー』 ★★★★ (4/10)

2012年 『クラウド アトラス』 ★★★★★★ (6/10)

2015年 『ジュピター』

2021年 『マトリックス・レザレクションズ』 ★★★★★★★ (7/10)