リドリー・スコットは好きな作品を撮る監督の一人だが、公開当時、この作品はあまり好ましいとは思わなかった。フィジカルでは圧倒的にハンディキャップのある女性が、(米海軍特殊部隊という特殊な環境とは言え)男性に認められるには、「男性化」しなければいけないという設定が気に入らなかった。決め台詞の"Suck my dxxx!"も、それを持っていない女性が口にすることで、それを持っていないと一人前ではないと認めているように感じた。そもそも、デミ・ムーア演じるジョーダン・オニール大尉があの過酷な訓練に耐えることは絵空事でしかないと思った。
久々に観返して、この四半世紀の間に随分と性的な事柄に関しての、社会と自分の考え方が変わったのだと気付かされた。
軍隊の特殊部隊に限らずそのように屈強な男ですら尻込みする「マスキュリンでタフな環境」があったとして、そこに「マッチョな」女性が活躍することは、四半世紀前には、少しノーマルではないと見られていたのではなかったか。その女性に対しても、「女だてらに」という偏見が少なからずあったように感じる。それが今日では、"What's wrong with it?"と受け止められるだろう。そして、その女性が自分の性をどう考えているかであるかや、性的嗜好は全く不問にされるべきである(彼女が、自分を女性と考えているのか、それとも遺伝子的には女性だが「心」は男性であると考えているのかとか、あるいは性的な対象が男性なのかあるいは女性なのかであるとか)。そうした多様性に寛容であれば、「女だてらに」という感情は全く起こりようがない。
オニール大尉が髪を丸坊主にするシーンは、女性としての自分との決別を印象付けたが、現代的設定であれば不要であろう。あの訓練の状況を考えると、訓練開始時のロングヘアは非効率だし、別に丸坊主にする必要もない(男性が丸坊主という規律があるのであれば、最初から丸坊主でいい)。
決め台詞の"Suck my dxxx!"はどうだろうか。ネイティブでないので、完全にニュアンスを捉えることは困難だが、このswear wordsは、男性が男性に対して、ホモセクシュアルであることを卑下する言葉。それを女性が口にすることは、自分を男性とした上で、相手がホモセクシュアルであると卑下するかのようであり、やはり現代的設定であればナンセンスなのではないだろうか。
また、オニール大尉を解任する口実として、彼女がレズビアンであることがでっちあげられていたが、そうしたアキュゼーションは今日では全く有効ではないだろう。
この作品に描かれている米海軍特殊部隊のモデルは、当然、Navy SEALsだが、そのNavy SEALsにおいても、最近になって女性の受け入れを認めたようである。
リアルG.I.ジェーンが生まれる環境になったというのは、やはりこの作品から四半世紀経ってからの社会情勢の変化を表しているのだろう。
久々に観返して、いろいろ考えさせられ、面白かった一本。
★★★★★ (5/10)
