『切腹』 (1962) 小林正樹監督 | FLICKS FREAK

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

江戸時代に入ると、天下泰平。それは将軍家による大名の厳しい統制によるものだった。1619年、広島藩が城の改築を許可なく行ったとして、武家諸法度違反として50万石から5万石に減封。家臣の侍の多くはリストラされ、「牢人」となった(「牢人」は主家を去って俸禄を失った侍という狭義の身分語。古代から戸籍に登録された地を離れて他国を浮浪している者を「浪人」と呼び、正確には別義。但し、江戸中期以降「牢人」が急増し、地方を浮浪する「牢人」を「浪人」と呼ぶようになった)。彦根藩井伊家の江戸屋敷を津雲半四郎(仲代達矢)と名乗る老牢人が訪ねてきた。半四郎は井伊家の家老である斎藤勘解由(三國連太郎)に、「士官もままならず生活も苦しいので、このまま生き恥をさらすよりは武士らしく、潔く切腹したい。ついては屋敷の庭先を借りたい」と申し出る。これは当時、江戸市中にあふれた牢人によって横行していた「腹切る切る」詐欺によるゆすりの手法だった。戦国の世ならいざ知らず、天下泰平の折、士官のニーズも低く、「見上げたもの」と士官することはできないが、敷地で切腹されるのもかなわんと幾ばくかの金を渡して追い払うということが常だったからである。しかし、そのようなゆすりたかりは、武士の風上にも置けないと考える勘解由は、先日も同じような牢人が現れた時の処遇を半四郎に語って聞かせた。それは見せしめに切腹させたのだが、一旦は仕官が叶うというそぶりで希望を持たせた後、切腹させるという陰険なものだった。しかもその牢人は、竹光の二本差しであり、その竹光の脇差で切腹させたのだった。それを聞いて怖じ気づくと思った勘解由だったが、さにあらず、半四郎はそれでも切腹する覚悟だと言う。

 

とてつもなく面白い作品だった。「武士の面目などは上辺にすぎない」と言う半四郎の、武士である前に人間であれという生き様が作品のテーマなのだが、海外で非常に高く評価(カンヌ映画祭でパルム・ドールに次ぐグランプリを受賞)されているのは、この作品で描かれている武士道のエキゾチックさのようである。確かに、この作品を観ていて思い浮かぶ言葉といえば「武士は食わねど高楊枝」とか「武士に二言はない」といった侍の高貴な精神性を表すものであろう。切腹のシーンを残虐に描くことで、それがいかに馬鹿げたことであるかを描きたかったのに、逆にそれが高潔な美学と受け止められるというのは皮肉である。制作陣の意図は置いても、それらは「主」と「副」の主題としてもいいだろう。

 

主役の仲代達矢がいい。様々な局面での喜怒哀楽を人間味豊かに表現していた。対して、「武士の面目」にこだわる愚かな権力者の役を演じた三國連太郎も憎らしくてよかった。

 

難と言えば、仲代達矢と井伊家の家臣の丹波哲郎との決闘における若干スローモーな殺陣だと思ったが、後で、実際の撮影に真剣を用いたということを知り、なるほどむしろあれがリアリティなのだと理解した。クライマックスの大勢の井伊家家臣を相手取った半四郎の大立ち回りのシーンでの殺陣はどうか。家臣をきれいに整列させたり、刀をせーので一緒に抜くような演出は、群舞のダンスシーンを想像させる芝居がかった趣向が少々気になった。

 

とにかくストーリーが面白く、ひとときも退屈することがなかった。時代劇の名作中の名作と言える。

 

★★★★★★★★ (8/10)


『切腹』予告編