FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

劇場に足を踏み入れた瞬間「やっちまった」と思った。春休みの平日とはいえ、観客は自分の年齢の1/2や1/3どころではなく1/4の十代半ばばかり。そして客席数101(109シネマズ二子玉川スクリーン8)の8割方が埋まっていたが、見渡すと観客のうち男性は自分を含めて4人だけ。これまで三木孝浩監督の作品は、『きみの瞳が問いかけている』と『アキラとあきら』しか観ていなかったため、油断していたかもしれない。主演の道枝駿佑が誰かも知らずに観に行った自分が悪かったのだが。

 

タイトルが既にネタバレであり、予告編を観てもヒロインが死ぬ悲恋物語であることは分かっていた。生見愛瑠演じるヒロインの綾音は発達性ディスレクシアという設定。それは難病ではあるが、死に至る病ではないため、いつどうやって彼女が死ぬのかという展開を予想しながら観るという微妙な状況。

 

結論から言えば、リアリティに欠けるとさえ思えるピュアな純愛ものは実のところ嫌いではないため、この作品のリアリティのなさは目をつぶることができた。しかし、純愛ラブロマンスとしては「あり」だが、敢えて難病をストーリーに盛り込む「余命映画」にする必要は感じなかった。それが大きなマイナス。そしてディクレシアの設定が生きているようで実は雑という点も気になった。

 

ディクレシアゆえ作詞は苦手という設定は、それぞれ作曲と作詞の才能のある主役二人を結びつけることにつながるという意図だろうが、「読み書きができない」ことと「作詞ができない」はイコールではない。詞を録音すれば済むはずのこと。楽譜を記号で書くことを発案するという面白さはあっても、ディクレシアの困難さを伝えるだけの描写には足りていなかった。

 

主役の二人が惹かれながらも、自分の気持ちを打ち明けられずにすれ違うという切ない展開は「さすがに相手の気持ちに気付かないはずないだろ」なのだが、それはよしとしよう。片や都会に夢を求めて旅立ち、片やそれを応援しながら地方に残る涙の別れは、その時点で二人が付き合っていようが、この作品のように恋人未満であろうが、ドラマとしては成り立つもの。そして都会で成功して飛ぶ鳥を落とす勢いのミュージシャンと地方の公務員に収まるという対極の道行きながら、その二人が以前からの思いを忘れずに結局結ばれるという、「付き合っていたならまだしも、すれ違いに終わった二人がこの展開はないだろ」なのだが、それもよしとしよう。そしてこの作品は、そこで終わってよかったと思われる。

 

この作品の問題は、彼らが紆余曲折ありながらも結ばれてから、それでは感動が足りないと言わんばかりに難病・余命物語にしている点。綾音が地元の凱旋ライブで、最後にライブでしか歌わない歌として「春の人」を歌い、そのライブ会場の外で二人が抱き合い、観覧車の中でお互いの気持ちを確認するシーンで終わってもこの作品は十分純愛ラブロマンスとしては成り立っていた。難病でヒロインを死なさなければ感動は得られないと言わんばかりの、その後の展開ははっきり言って蛇足ではなかっただろうか。

 

この作品でよかったのは、主役の二人の演技。道枝駿佑は「こんなイケメンの市役所職員はいないだろ」と突っ込みたかったが、あまり芸能人のオラオラ感がなく人のよさが出ていてよかった。そして生見愛瑠のどこまでも純粋なキャラクターはこの作品の一番の魅力だった。彼らの実年齢を挟んで10年の物語だが、高校生でもそれから10年経っても全く外見に変化がないのは「手抜き?」と思わないでもないが、彼らの高校生という無理のある設定も『冬のソナタ』でのペ・ヨンジュンの高校生を許容できれば怖いものはない。

 

純粋な恋愛もののティーンムービーであり、諸手を挙げての評価はできないが、これはこれでいいのかも。

 

★★★★★ (5/10)

 

『君が最後に遺した歌』予告編