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 日曜日。
 警察は「施設は土日が休みだから、おそらく連絡は来ませんよ」と言っていたが、一日中待っていた。

 もちろん連絡はなかった。

 途中母親から連絡があった。

 母が知人に相談したところ、児童相談所に話を持っていけばなんとかなるかもしれないとのことだった。

 夜にまた上司に連絡を入れる。

「わかった」とつれない返事。

 ……段々追い込まれてきた。

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 翌月曜日。
 結菜と健の通う小学校へ向かう。

 最初に結菜の担任が現れ、先週の金曜日に詩織からしばらく休むとの連絡があったと聞いた。

 その後、教頭先生との面談により経緯を伝える。学校側としては子供の安全が第一と言っていた。

 次に、児童相談所に連絡。
 電話に出られた職員より、シェルターに入っている間は介入が出来ず、施設を探すことは出来ないと言われた。
 
 そして詩織の病院に到着。
 主治医の斉藤先生は風邪の為に休みだった。

 病院の待合室にいると警察署の高木さんから携帯電話に連絡が入った。

「……奥さんはDVを訴えているようです。事務を担当しているところもどこか教えられないとの事です。

 あとこのような場合、警察はあくまで捜索願を受理するかしないかの機関で仲介ではありませんので、これ以上連絡はとれません」と冷たい声で言われた。

 “DVオカスクソヤロウ”と裏の声が聞こえるほどの、手のひらを返したような冷たい印象を君は受けた。

「……じゃあ連絡はどうしたらよろしいのですか?」

「とりあえず向こうから来るのを待って下さい」

 その日は電話が来るかと家で待っていたが来ることはなかった。


 火曜日。
 詩織の主治医の斉藤先生と面談。

  施設に入ったとなると、医療の手から離れて司法の手に委ねられるとの事で、然るべき弁護士の要請があって診断書なりを提出することが出来るとの説明を受けた。

 次に会社の先輩から教えてもらっていた弁護士に電話をする。

「はい末堂法律事務所です」

「はじめまして、ご紹介預かりました松田です。親権のことで相談がありまして……」

「はい先生に代わります。少々お待ち下さい… …はいお電話代わりました末堂ですが、用件はなにか?」

「はい宜しくお願い致します……実は妻がDVシェルターに駆け込みまして……それで親権が欲しいのですが、どうすればいいのかと思いまして……」

「あぁ、それは無理じゃない?」

「!!  いや、しかし妻は第二級の精神障害者で育児放棄や何度も自傷行為を行っているんです……!」

「ふむぅ……じゃ、一回相談に乗りましょう。明日は無理なので明後日の朝8時になります。料金は一時間五千円ですが、よろしいですか?」

「は……はい! 宜しくお願いします!」

「ではお待ちしています」

 明後日か……と、君は時間のもどかしさを感じつつ、極めて落ち着かなくてはならないと、焦りを封じ込めた。

 その日は仕事に出て、翌日の休みに弁護士に提出する為にこれまでの経過と日記をプリントしてまとめた。

 そして弁護士との約束の日、朝一番で母と一緒に末堂法律事務所へ赴く。

「すみません、先日お電話致しました松田です」

「やあやあ、よくぞおいでなさいました! そちらへどうぞ」

 小柄な、大阪の商人のような、それでいて言葉が力強い弁護士だった。

「はい、今日は宜しくお願いします」

「……で、どんなご相談ですか?」

「はい、こちらをお願いします……」と昨日まとめた資料を提出した。

 食い入るように真剣な眼差しで飛ばすことなく、A4用紙二十枚にはなろうかという資料に目を通す弁護士。

 過去から現在までの、そして最近の喧嘩の内容まで隠すことなく綴った内容だ。

 自分にとって嫌なことも、妻を押さえ付けたことや、声を荒げたこと、渡せなかった生活費のこと、すべて書いた。

 ……約十五分、弁護士が資料を読み終わるとゆっくり顔をあげた。

「……ご主人のはDVじゃありませんよ」

 君は泣いた。
 ずっと怖かった。
 何が怖かったか?
 それは自分が信じて家族を守ってきたものが、すべて否定される事が怖かった。
 救われた気分がした。
 隣で母親も泣いていた。

「……しかし…… 親権を取るのは四割から五割の確率でしょうな。

 子供が小学校低学年の場合、子供の意見が最優先されるのです。

 どんな母親でも母親であることは間違いないので、たいがいは母親と一緒に居た方がいいと判断が下される。

 まずは調停を申し立てたほうがいいかな… …相手がどこか遠くに行く可能性がある場合、調停を申し立てた相手の所在地の家庭裁判所の管轄になります。

 だから仮に相手の実家が沖縄県なんてことになれば、ここから沖縄まで行かなければならなくなります。これは大変ですから。

 向こうの流れとしましては、まず女性の権利委員会というものがあるのですが、そこで弁護士会といわゆるタイアップという形をとっており、弁護士が紹介されます。

 そこで一週間ほどで保護命令が出るのですが、緊急措置ということで離婚調停を申し立てるということになります。

 どちらにしても、調停で話し合いがつかなければ不成立となり離婚訴訟へ発展します。

 しかし、訴訟になって裁判になったとしても、その中でまた和解することも可能です。

 そして、調停にも訴訟にも相手が出て来ない可能性もあります。

 その時は『証拠調べ』の裁判所の方で行い、特に問題がなければこちらの言い分を100%みなし、勝訴となります。

 妻側に親権を取られると今度は面接交渉権を得ることになりますが、実際問題相手が嫌がると会えないケースが多いようです。

 こちらは養育費なり支払わないと財産差押えなど法的に行使されるのに割に合わないのですが……今はそういう時代になってしまっているのです……残念ながら……

 まずは離婚してもよいという考えなら、私は調停を申し込んだ方がいいと思います。

 相手が遠くに行けば行くほど、現実的に話し合いは困難になります。

 もし相手が実際に遠くに行っていた場合はこちらから取り下げることも出来ますので……

 離婚調停は裁判所で受け付けております。

 戸籍謄本と住民票、印紙代と郵便切手代ですか。

 もしそれで調停が不成立に終わり、裁判になって向こうの弁護士が訳のわからない専門用語を振りかざすようだったら、私でよろしければ弁護致しますのでいつでもおいで下さい」


 あっという間に一時間半が過ぎようとしていた。

 心の中には道が示されたというひとつの安堵感と、これから先どうなるかという不安、そして混沌と、漠然とした恐怖が君の中に漂っていた。

 

 

続き

<さよならも言わずに>④