家を出てひとり暮らし、と言っても実家からも近くで、同じ区域内でアパートを借りました。
借りるにしても一応、保証人として親に頼らないとダメだったので、それが結構嫌でした。
引越しは兄弟姉妹たちが助けてくれました。冷蔵庫も洗濯機も譲ってくれました。まあ古かったですけども。
そういう援助があったから、辞める時に心苦しかったりしますよね。お互い根はいい人同士なんでしょう。
長老の配慮もあってか、群れは親たちと別にして貰えました。そういう点を見ていても、うちの長老はわたしの二世特有の苦しさを少し分かってくれていたようにも感じます。
さて、ひとり暮らしとなると自由な時間が増えます!増えました!あの、だるーーい家族研究もない!日々の聖句もない!あとは集会と行ける時に奉仕いけばいいやー!!!ヤッター!
なんともまぁ……切り替えの速いこと。
しかし日曜だけは家族で聖書朗読をする、という約束はさせられました。
さて、経済的自立についてですが、私はいつの間にか正社員として働いていたので自立できていましたね。
家賃も払って、車のローン、保険、奨学金返済の定期預金……
これが普通なら難しい。
1度転職しようか考えたことがありましたが、そんなことしたら社会保険やら税金やら考えると……しかも奉仕に集会に研究に大会……?
出来るわけない……。
私のこの状況は恵まれていました。あまりに上手く行きすぎて「これはご意志なの?ご意志なのかしら???」と不安になることも。
うまい具合の距離で心の安定に進んだ期間でもありました。
そしてコロナ前の夏、私は誰も知らないSNSで今の彼と出会うことになるのです。
コイツのためにかなりお金と時間を使いましたね〜
しかしコロナ禍が追い風になって私たちを引き合わせてくれました。
というのもzoom集会になったら休み放題なので、彼に会いに東京へ何度も行けましたし、失業した彼を経済的に支えることもしました。ついでにコイツとセックスもしたからもう戻れないなーと思ってすこし感傷的になったりもしましたが、今となってはいい人と出会えたな〜これは「ご意志」かもな〜なんて。
彼の存在も解毒の一因となりましたね。
その後、彼は1度田舎に帰り、実家でかなり手厳しい扱いを受けて、自分の居場所は実家でもないんだ、と自覚した時に私と一生一緒に暮らそうと覚悟を決めて秋田から遠く離れた奈良県にまで来てくれたのです。
彼のために隣の部屋を借りました。この時、保証人に父親を指定するとバレるかもしれないので近所の祖母にしておきました。保証人に後日管理会社から電話で確認があるようだったので先回りして祖母に「なんかぁ、契約更新で電話があるけどぉ、分かりましたーって言っといてねぇー」と根回ししました。
が、後日父親から「おばあちゃんが家の契約がどうのこうのって心配してたぞ、何か企んでるわけではあるまいな……」と言われ、(ババアいらん事親父に言うなよ……)とJw特有の監視社会が家族単位でなされている事に軽い絶望を覚えたのです。
ですが、保証人といえども、管理会社が大体やってくれるので一応の緊急連絡先という位の立ち位置のようで部屋をふたつ借りていることはバレませんでした。エホバだねぇ〜。
さて、ふたつも部屋を借りたのでまあまあの出費が毎月かかるようになりました。しかも私はバカだから車を2台持っていました。駐車場代も2台払っていました。私が。(そう、彼は素寒貧です!!)
そんな状況を知っていた、2軒目契約の時に仲介してくれた同じアパート2階の不動産屋さん、ある日近所に丁度いい中古物件が出たことをいち早く教えてくれたのです。
かなり悩みました。こんなことしたら親にバレる!!怒られる!家に来る!怖い!ていうか、家って高くない?!でも立地もいいな?築年数もまあ、新しめ……うおおおおおお?!
そこから2ヶ月ほどで私の家になりました。ローンの審査も滞りなく。保証人も要りません。土地も建物も私の財産です。それも仕事のおかげです。エホバなんか何もしてくれてないです。仕事を辞めず頑張ってた自分だから成し遂げられたことです。そして不動産屋さんが親切にしてくれたからです。無論世の人です。本当にお世話になりました。
そんな折におじいちゃんが死にかけます。おじいちゃんはJwではないですが、だったらこのおじいちゃんが死ぬまではひとつの区切りとして、この組織にいるフリをしておいた方が親族みんなが穏便にことを済ませられると考えました。
そして事が終わり、おじいちゃんを亡くした祖母の家に行く時も「あー今回が最後かな〜」と毎回感慨深い気持ちでおじいちゃんが寝ていたベッドの跡に寝転がっていました。
程なくして引越したことがバレました。Jwコミュニティは頑丈で蜜で密ですね。父親はすぐにでも家に上げろと言いました。はぁ?バカなの?
私は準備があるから、今は無理。準備できたら呼ぶと言いました。父親の相変わらずの高圧的な態度にはかなり腹が立っていましたが。
そして、終わりの日は突然やってきました。