前回のあらすじ↓








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出発から三日後の夜、「出張」という建前の不倫旅行から健二が帰宅した。

その表情には隠しきれない充足感と、旅行の興奮が冷めやまないかのような過剰な明るさが混じっていた。

「ただいま。これ出張先で見つけた限定のスイーツ。香織好きだと思って」

差し出された箱は、美咲と行ったはずの海辺のリゾート地で有名な洋菓子店のものだった。私はそれを「嬉しい、ありがとう」と満面の笑みで受け取る。

「お仕事うまくいった?」

「ああ、上司からも高く評価されて。今回のプロジェクトが成功すれば次の昇進は間違いない」

健二は饒舌だった。嘘を隠す時人は必要以上に未来を語りたがる。
彼は美咲との情事という「最高のスパイス」を得て、仕事も家庭もすべてを自分の思い通りにコントロールできているという全能感に酔いしれていた。

その翌週、私は美咲の行動を探偵にさらに深く探らせた。
彼女のSNSの裏アカウント——そこには私への勝利宣言とも取れる投稿が溢れていた。
『奥さんの手料理より彼が喜ぶのは私とのディナー。可哀想なモブ奥様、今日も一生懸命手料理作ってるのかな(笑)』
添えられた写真には、健二であろう健二と同じ時計をはめた男の手と彼女のグラスが写っている。
彼女は健二を奪うことそのものよりも「完璧な妻」である私を影で嘲笑うことに快感を覚えているようだった。

私は探偵に命じ、彼女の投稿のスクリーンショット、位置情報、そして健二の社用車の走行記録を突き合わせ、一点の疑いもない「不貞行為の目録」を作成させた。

さらに私は、もう一つの仕掛けを施した。
健二の父、つまり義父に電話をかけた。

「お義父様お元気ですか? 実は来月の結婚記念日に、日頃の感謝を込めてささやかな食事会を開こうと思っているんです。健二さんの上司の方や、いつもお世話になっている部下の方も数名お呼びして……」

「それは素晴らしい。素敵な気遣いありがとう。ぜひ出席するよ」

電話越しの義父の声は弾んでいた。
彼は、自分の息子がどれほど不実なことをしているか微塵も疑っていない。
私は電話を切り、カレンダーの「結婚記念日」に真っ赤なペンで大きく印をつけた。

獲物たちは檻の扉が開いていることにも気づかず、自ら檻へと入っていく。
そんな獲物たちを眺めながら、私は静かにそして淡々と、その夜のシナリオを練り上げていった。