私は昔から考えることが得意です。

逆に言えば、物事を深く考えすぎて、まじめすぎるように見られたり、暗いように見られたりもしがち。

良く言えば思慮深い、悪く言えば理屈っぽい。

 

先日ブログにした、

 

 

の書籍は、おそらく理系の先生が書いた、理屈っぽい本です。

理路整然と書いてあるので、やや理屈っぽい。

情報をもとに自分で考える人にはとても良書になる。

が、自分で考えるのが苦手な人は、結局どうしたらいいの?ってなるのかもしれない。

日本の教育は、正解が決められていて、正解だけを求めるようになってしまっている。

だから、正解がなんなのか答えがないと不安になる。

 

多くの場合、正解を選べば多数派になる。

だから、多数派にいれば安心する。

 

多数派ではなく、少数派になるなら間違っていると考えてしまう。

AとBのどちらが正しいか?

挙手制にした場合、自分がAだと思っていても、他の人が手を挙げなければ、あれ?違うのかな?と思って挙げられない。

なんてことはよくある現象。

 

考えるのが苦手、というだけでなく、人と同じが安心というのがあるから、日本は間違った方向から抜け出せなくなるのだと思う。

人と違う意見になることを極端に恐れる民族。

それゆえに一見正しそうに見える論調をメディアが報じれば、よく考えたら間違いだと分かる場合でも、全体主義的に流されてしまう。

 

夏目漱石の草枕という小説がある。

「山路を登りながら、こう考えた。」
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」
という冒頭の文章が有名です。
私はまさに同じことを感じている。
とても生きづらい。