以前私が書いた記事の続きの話。
天動説が信じられた時代、地動説は異端思想として弾圧を続けました。
異端審問官が異端思想を見つけて判断して排除しました。
今の時代に、そんなことは行われていないと思いたいですが、医学の世界には秩序の為と言いながら、弾圧があると私は感じています。
コロナ禍で、コロナはそこまで怖いウイルスではないと、声を上げた医療従事者は、左遷されたりクビにされたりして、職を失ったり権威を失いました。
権威の無い人の言葉は、今の日本では聞こうとする姿勢はありません。
権威を失えば、それは力を失ったという事。
声を上げたら力を失う。
これは弾圧と言わずなんと言うのか。
公衆衛生の為という誰にも否定できないような、金科玉条を掲げてコロナ対策を世界中に徹底させました。
その結果への反省はありません。
あの時は仕方がなかったと未だに反省する気配もありません。
当時から日本人にとって、そこまで恐れるウイルスではないことは、きちんと情報を集めている人にとって、常識のようなものでした。
そして、新型コロナワクチンに関して、きちんとリスクに対する説明もほとんどなく、効果だけ声高に叫びながら、打たない人間は公衆衛生の敵のように扱われました。
マスクを着けていない人間も、公衆衛生の敵のように刷り込まれていました。
戦時中に、竹やり訓練に参加しない人間は非国民扱いされたと聞きますが、マスクについて盲目的に従った人は、B29に向けて竹やりを「やー」と突き上げる訓練を盲目的に行った人と大差ないと思います。
なんの意味があるのか。
今の日本では、医学に関して、医療関係者以外が何かを言っても、無視される傾向があります。
医療関係者でも、権威の無い人の意見は無視される傾向があります。
結局は、異端思想かどうか決めているのは、医学界の巨大な組織。
大きなお金の流れによって決まっていると言っても過言ではないのではないでしょうか。
不安を煽れば、お金になる。
そんな社会に残念ながらなってしまっているのです。
お金の流れを読みながら、本当の情報はどこにあるのか、しっかり自分の頭で考える必要があると思います。
アニメの『チ。』でも結局はお金や立場によって、言うことが変わってしまったのです。
権威を手に入れたら、権威を守ろうとし、権威が脅かされるならば、相手を殺してでも自分の立場を守ろうとする。
地位や名誉よりも、真実を追求したいという人たちは、異端思想だと言われようとも、弾圧をされても、流されないのです。
公衆衛生の為という言葉は、悪い言葉ではありません。
しかし、悪い人たちは公衆衛生の為という言葉を使うのです。
人々の健康管理は各々の努力によって守られるものです。
過度な医療介入には警戒心を持ちましょう。
あなたは何も考えなくていい、専門家が正しい情報をお届けします。
というスタンスには警戒してください。
専門家の情報も、参考にするべきものであり、鵜呑みにするべきものでは無いのです。
人が健康になるための絶対的なものはありません。

