今日は比較的どうでもいいタイの小ネタです。

タイでは、ทำบุญ(タンブン)と呼ばれるものをよく目にします。

บุญ(ブン)というのは徳のことで、タンブンは「徳を積む」ことを意味します。

下の写真は、正月休みにあるお寺で撮ったもので、典型的なタンブンの光景です。

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竹かごに入った小鳥が売られていますが、ペット用ではありません。

タイ人たちは、これを買うと、すぐさま小鳥を逃がします。


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こちらはカエルやヘビなどの詰め合わせ。

もちろんこれも逃がすために売られています。

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こちらの男性は、カエルを池に逃がしているところです。


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このようにして、お金を払って買った生きものを池に放し、徳を積むらしいのですが、僕にはちょっと理解しがたい行為です。


僕が赴任した町にあるお寺の池には、食用の魚がうじゃうじゃいましたが、捕ってはいけないということでした。

その理由は、その池の魚はタンブンによって放たれた魚たちだからです。

でも、他の池や川で獲った魚は、皆、普段から食べています。


市場へ連れて行かれる牛を買い取るタンブンもあるそうです。

タンブンによって買い取られた牛は、その日、肉にならずに少し長生きできたかもしれません。


タイ人も決して馬鹿なわけではありませんから、自分たちのしていることがどういうことかは分かっているはずです。

でも、それが慣習であり、それをすることで満足感を得られるから続けているのだと思います。


考えてみれば、私たちが行っている慈善行為も、これと同じなのかもしれません。

例えば、省エネだ、リサイクルだと資源や環境を守る取り組みをする一方で、家電や自動車を大量消費、大量廃棄している現実。

犬や猫を可愛がり、野生動物を保護しましょうと言いながら、牛、豚、鶏などを大量に殺している現実。

弱者に対する親切も、モラルに関わることも、それが根本的な問題解決につながらないことだとしても、それによって満足感を得られるからするのかもしれません。

何が良いとか悪いとかじゃなくて、そうしたいからする。

それがすべてなのかもしれませんね。