以前、有望な生徒に個別指導を始めた経緯を書いた。

僕がタイに赴任して二年目、
フューは高校生になり、週一回の選択授業と放課後の個別指導で日本語を学び続けた。

もともと他の生徒と理解度に差はあったが、新しいクラスの授業は彼女にとって簡単過ぎる内容にならざるを得なかった。

そこで、授業のときは彼女だけ特別に彼女に合ったレベルの課題をしてもらうことにした。

問題だったのは、周りの生徒がわからないときにすぐフューに助けを求めることだった。

クラスの生徒はフューに聞けば考えずに済むので、すぐに答えを彼女に求めた。

僕は、高校1、2年生の語学コースの授業も担当していたが、フューの日本語理解力は週6時間学んでいる彼らより進んでいた。

高2語学コースの日本語クラスは主にタイ人の先生が担当し、試験的に「あきことともだち」(JFバンコク)というテキストを使用していたが、週6時間の授業を1年間受けているにもかかわらず、彼らは日本語をほとんど理解していなかった。

200時間程の学習で、クラスの何人かがひらがなとカタカナを書けるようになったにすぎない。

僕が主担任だった高1のクラスでも、結果は同じようなものだった。

1年間指導した40人余りのクラスで、ひらがなとカタカナを書けるようになったのは、わずか3名だった。


僕はフューを日本語コンテストに挑戦させたかった。

だが、残念極まりないことに、国際交流基金(JF)の協力で行っている日本語コンテストは、語学コースで週6時間以上学習している生徒が対象だったため、フューは参加することができなかった。

残されたチャンスは、タイの教育省主催の全国大会の日本語スピーチコンテストだけだったが、その年に限って、クーデターの影響でコンテストが中止になった。

こうして僕の野望は翌年に持ち越されることになり、僕の代わりに新しく来る先生にその想いを託すことになった。

その年、フューはコンテストに出ることはできなかったが、校内イベントで何度もスピーチをしてもらったし、僕のいる間は週一回の個別指導を継続した。

僕としても、普通の授業をしているだけでは日本語教師としてのスキルを磨けないので、フューの指導と家庭教師で生徒を持つことでたくさん勉強することができた。

フューの両親からは、たいへん感謝され、一度ならずご馳走に呼ばれることになってしまい、そのうえ帰国時にはお土産までいただいてしまった。


フューは今年高校3年生になり、相変わらず日本語学習に励んでいる。

ぜひ大学の日本語学部へ進学して、翻訳家になる夢を追ってほしいと思う。