タイでしばらく暮らしていると、ไม่เป็นไร(マイペンライ)という言葉をよく聞くようになる。
「大丈夫」とか「気にするな」のような意味だが、タイ人は非常によくこの言葉を使う。
「日本人はいつも物事を深く考えすぎる」と彼らは言う。
「深刻に考えすぎないで、気楽にやろう。」
「ちゃんとなるようになるから大丈夫。」
マイペンライには、そんな意味が込められている。
仕事で失敗しても、マイペンライ。
約束の時間に間に合わなくても、マイペンライ。
病気や怪我も、マイペンライ。
本当にどうにもならないことなんてない。
それがわかっているから、いつでも「マイペンライ」と言える。
タイ人が事あるごとにマイペンライと言う背景には、仏を信じることによる安心感が根底にあるのかもしれない。
人は皆、いずれ死んで、あの世へ行く。
死んだら僧侶たちにお経を合唱してもらって、皆同じ墓に入る。
僕もタイで何度か葬儀に参列したが、日本のしんみりしたのと比べると、ずいぶんカラッとしていると感じた。
タイに住んでいると、なぜか死に対する恐怖みたいなものがなくなって、いつ死んでもいいような気がしてくるから不思議だった。
だから極端な話、死んでもマイペンライなのだ。
死んでもハッピーなら、何が起きたってマイペンライじゃないか。
小さいことにこだわって、こうしなければダメ、ああじゃないとダメと、せかせかやっている人のほうが愚かに見えてくる。
我々もタイ人のように、いつでもゆったり構えて生きていけたらと思う。