希望通りの仕事かどうか
定例になる予定の同期飲み。 現場と上司と、見ているものが違って、板ばさみな話。 どこでも一緒なんだなぁと思う。 常に腐るな、と意識している。 …とは思うけど、夢がはっきりしている自分には、 今の仕事が希望ではやはりない。 会社のことに最大の興味を持ちたい。 …とは思うけど、他の部署の話に あまりに目をキラキラしては、浮き足立っているよう…。 恵まれている環境なので、不満を見せないようにしよう。 …とは思うけど、不安は隠しようがなく、 現状の満足と将来の希望を伝えていく術を知らない。 すべては気の持ちような話。 出口も答えもなくとも、進んでいく時間を意識しよう。 ベストな解答はいくらでもあって、 望み続けること、考え続けることが一番の近道。
I've already Torn
約束を避けたり、はぐらかしたりする人。
私は、何も確かなものがないのなら、
やっぱりどこにも進めないみたい。
不安なところ、曖昧なところを、
すべて理不尽だと怒りにして増幅してしまう。
彼を信用できないのは、私の弱さだとも思うけど、
そもそも、どうしても、合わない人だと思う。
もう、そんなにもちやしない。
柔らかい痛みで辛い。
彼は気づいてもいない。
途中で止めるのは悔しいから、
HPは完成させよう。
でも、後に残すものなく去りたいから、
HPはすぐに閉じていこう。
怒りで、動き、
寂しさで、留まる。
そんな日々は終わりにしたい。
心を明らかにしてくれないこと、
ものも時間どころか、確かな言葉ひとつもくれないこと、
どこにも進めないこと、私にはどうしても合わない。
カウントダウン、はじまる。
スキルと心意気
延々と英語化にかかる日々、再来。
こんな作業がいつまで続くのだろう。
たまたま、英語ができた私。
留学一年では決して、ここまでできるようにはならなかった。
留学後も、気を抜くことなく勉強してきたから。
でも、決して英語を仕事にする気はなく。
必要最低限のスキルだと思っていたからこそ。
だから、英語に対して、モチベーションが低いことが不思議な気分になるんだ。
誰でもできるものを、なぜよりよいものにしようと思わないのか。
私は日本人ではなく、ネイティブがみていいものを作りたいのだ。
たまたま、英語ができ、IRになった。
それだけ。
漠とした仕事の中、英語しか評価されないのか、と思うと憂鬱になる。
だから、英語に対してモチベーションがあがらなかった。
だけど、それでいいのだ。と、気づいてきた。
完璧なものを作るのが私の仕事などではなく、説明して納得させるのが仕事。
英語はひとつのプロジェクトのひとつとして、
100%じゃなくても周りが80%納得できればいい、という風土なのだ。
それが私の好みかどうかわからないし、これからも葛藤すると思う。
ただ、今、できないことが多すぎる私だから、身の丈に合う範囲、
今の職場がサポートできるモノを出していこう。
鈍感力とホントの鈍感
大好きな、あの人のため、ウェブサイトをつくっている。
料理は大好きだから自分のためにいくらでもできるけど、ウェブサイトは労力が大きく、
私にとって便利スキルでしかないので、イマイチ乗り気じゃない。
「好き」とも言ってくれない彼のために作るのは、
あまりに健気でかつ彼がゲンキンのような気がして、
あっさり捨てられたときはどうすればいいのか、とふと不安に思う。
初めて愛してくれた I に尽くしていた頃のピュアな気持ちにはなれない。
そして I ほど愛情深い人でもない。
だけど、一緒に時間を過ごし、
私のことを確かに大事にしていることに、気づく。
Kは言っていた、サインに気づいていないだけじゃないの?と。
彼の反応にいちいち敏感に反応し過ぎて、沈んだりする。
鈍感力、が必要にな気がしていたのだが、
彼の明らかな愛情に気づかない、私は本当に鈍感なのかもしれない。
何かあったあと残されたウェブサイトをどうするか、がいつも不安。
だけど、それよりも先に、彼のサインを感じ取って信じ、
ベストなものを共有してからでもいいかもしれない。

