🎦1966年にアヌーク・エーメ(後にバルーと結婚する)、ジャン=ルイ・トランティニャン主演、バルーも出演しているクロード・ルルーシュが撮った『男と女』【Un Homme et Femme】。当時、無名でコネクションもなく、制作の資金繰りがつかなかったルルーシュに、友人であったバルーが音楽出版社「サラヴァ」【SARAVAH】を立ち上げ、資金面で協力することにより自主制作ながらどうにか完成にこぎつけることができた。
そしてバルーもこの映画の音楽を数曲、担当する。中でもバルーによって歌われる『サンバ・サラヴァ~夢のサンバ』【Samba Saravah】(オリジナルはバーデン・パウエルとヴィニシアス・ジ・モラエスの曲『Samba da Bênção』)は、ジョアン・ジルベルト、カルロス・リラ、ドリヴァル・カイミ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ヴィニシアス・ジ・モラエス、バーデン・パウエル、ピシンギーニャ、カルトーラ、シロ・モンテイロ、ノエル・ローザ、エドゥ・ロボなどのブラジル音楽家たちの名前が綴られていく、「サンバ」への尊敬と愛に満ちた曲。
🎦1968年にフランスのグルノーブルで開催された冬季オリンピックの公式記録映画『13 Jours en France』もクロード・ルルーシュが撮り、フランシス・レイとバルーが音楽を担当した。
フランシス・レイが作曲したテーマ曲『白い恋人たち』【Treize Jours en France】にバルーが詞を付け、ニコル・クロワジールが歌った。
バルー自身がメガホンを取った長編映画のための音楽であり、1971年に自らのレーベル「SARAVAH」で制作し、リリースされた僕の大好きなアルバム『サ・ヴァ、サ・ヴィアン』【Ça Va , Ça Vient】から、バルー自身の考え方や生き方そのものを表現したようなタイトル曲を。もしかすると僕のブログでは最も回数多くUPしてきた曲かも知れない。
『ÇA VA, ÇA VIENT』
僕の人生って こんな風に過ぎていく
時には立って 時には座って
僕たちの人生は流れにのって
滞ったり 前進したり
行ったり 来たり
誰も先のことは知らない
君は明日を手の中に握っているの?
行ったり 来たり
君は昨日をどうにかできるのかい?
逆さまに微笑むことができるのかい?
もし冒険が僕たちのまわりを包む香りに過ぎなくて
その時の気分で選ぶのだとしたら
もし冒険が僕たちのまわり何でもないものだったら
風のように漂うチャンスに任せておこう
行ったり 来たり
誰も先のことは知らない
君は明日を手の中に握っているの?
行ったり 来たり
君は昨日をどうにかできるのかい?
逆さまに微笑むことができるのかい?
「ÇA VA, ÇA VIENT」とは「行ったり、来たり」という意味。ピエール・バルーの言葉が川の流れの如く、ゆっくりと、揺蕩うように緩やかに。そして豊かに綴られていく曲であり、ヨーロッパ各地を自由に転々と移動しながら暮らすボヘミアンの精神性と共振している。
レーベルのスローガンは「スロー・ビズの王様」【Les Rois Du Slow-Bizz】。バルー自身がほんとうにいいと思った音楽だけを、売れそうだとか、売れなさそうだとか、そういった価値観とは別次元で、無名のミュージシャンの、数々の作品を制作・リリースしてきた。そう、それは。人に感動を与えることができるような、本当に価値のある音楽は大ヒットこそしなくても、永きに渡ってアーティストを潤し、会社に、そして社会に利益をもたらすという「スロー・ビズ」の考え方をいち早く体現したものであった。
「SARAVAH」からの最初のアーティストになる、ブリジット・フォンテーヌ【Brigitte Fontaine】とジャック・イジュラン【Jaques Higelin】が「SARAVAH」以前の、1966年に制作・リリースしたアルバム『12 Chansons D'avant Le Deluge』から『La Grippe』と『C'est Pas D'ma Faute』を。
「SARAVAH」から1969年にリリースされたブリジット・フォンテーヌのセカンド・アルバム『ラジオのように』【Comme a la Radio】からタイトル曲を。アレスキとアート・アンサンブル・オブ・シカゴが参加して、アヴァンギャルドで退廃的、かつ感動的な、現在においても他のどこにも存在しない唯一無二の音楽が誕生した。
1976年にはソロに転向し、シャンソンを歌うようになる。彼女のソロ・デビュー・アルバムはエディット・ピアフのシャンソン・カヴァー集『Le Blues de Piaf』だった。曲はピアフの『Les Amants D'un Jour』。
所謂、プログレッシヴ・ロックになるのかな(或いはジャズ・ロックかも)。ジルベール・アルトマン【Gilbert Artman】が率いたラード・フリー【LARD FREE】の75年のセカンド・アルバム『I'm Around About Midnight』から『In A Desert Alambic』を。フランス・アヴァンギャルドの雄、エルドンのリシャール・ピナスが参加している。
カヴァー・アートが可愛いアヴァン・ポップなエトロン・フー・ルルーブラン【Etron Fou Leloublan】の3枚組ベストCDから『Nicolas』を。
CORTEXのブラジルっぽいアルバム『Troupean Bleu』からタイトル曲と『Huit Octobre 1971』を。この人たち、好きだなぁ。まぁ、アヴァンギャルドであっても、なくても。カテゴライズなんて、どうでもいいよね。
アヴァン・トイ・ミュージック(簡単に言えば、オモチャの楽器や、オモチャのようなチープな音で演奏されたアヴァンギャルドな音楽)を演奏するパスカル・コムラード【Pascal Comlade】の曲『Valse de la Demoiselle Aux Yeux Verts』と『Promenade des Schizophrenes』。
同じくオモチャのような、可愛らしい音楽をクリエイトするクリンペライ【KLIMPEREI】のアルバム『Lesplus Belles Valses de KLIMPEREI』から『Au Vieux Cinema』と『Lapin Meimei』と『Procession der Canards』を3曲続けて。エリック・サティに影響を受けたオモチャの「家具の音楽」か、と。
最近の音楽から。アヴァンギャルドとポップの間を自由に行き来し、ケイト・ブッシュやビョークと比較される女性SSW、クロ・ペルガグ【Klo Pelgag】の(厳密にはカナダ生まれだけど)2013年のアルバム『L'Alchimie Des Monsters』から『Comme des Rames』。
1973年のアルバム『ゲンスブール版女性飼育論』【Vu De L'exterieur】から『Je Suis Venu Te Dire Que Je M'en Vais』を。ゲンスブールにとって最高に愛すべき女性たちが、反面、とてもやっかいなものであるというようなことを(『Je T'aime Moi Non Plus』の如く)愛してる。僕もそうじゃない、と言いたげな。それにしても、なんちゅうタイトルなんだ?今だったらOUT🙅♂️だろうな。
ゲンスブールの1979年のアルバム『フライ・トゥ・ジャマイカ』『Aux Armes et Cætera 』。ゲンスブールはそれまで誰もやらなかった、フランス語でレゲエを歌うという音楽的な冒険に出る。ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのコーラス隊「アイ・スリーズ」や、最高峰のレゲエ・ミュージシャン、スライ・ダンバーとロビー・シェイクスピアを従えて。「フランス語はロックに乗らない」という古い言説を引っ張り出すなら、「フランス語はレゲエのリズムにはまったく乗らない」ということを感覚的に気づいていたのか、敢えてうまく乗せようとはせず、ポエトリー・リーディングのように歌っている。なので結果的にとても奇妙な、だけどとても魅力的なフレンチ・レゲエに仕上がっている。そして、ゲンスブール自身も満更でもなかったのか、次の1981年のアルバム『星からの悪い知らせ』でも、この路線を継続することになる(但し、微妙にこなれた、と言うか、さらに悪ノリしているのが面白い)。
同じくフレンチ・レゲエのアルバム『星からの悪い知らせ』【Mauvaises Nouvelles Des Etoiles】から『Ecce Homo』を。
ウィリアム・クラインがカヴァーの写真を撮った、1984年のアルバム『ラヴ・オン・ザ・ビート』【Love On The Beat】から、ジェーン・バーキンとの実の娘シャルロット(今では大女優だけど)との(普通じゃ考えられないような)デュエット曲『Lemon Incest』を。やっぱりゲンスブールって、最低で最悪。なのに、最高に魅力的なのだ。