とても悲しいことだけれど、
どうしても避けられない事がある。

それは、老朽化、そして別離。。。

全ての物は平等に、そして確実に老いていく。

そして、

出会ったものには、別れが待っている。

だからといって、決して、別れるために出会うのではない。
むしろ、喜ぶために出会いを繰り返している。
出会いの全くない人生なんて、考えたくもない。

大切なのは、安易にウソをついたりしないこと。
相手を思いやる気持ち。

ここら辺が、最近とても乱れている。
そこにツケこんだ詐欺などが、横行している。
とってもイヤなことだけれど、我々はそんな中で生活している。

だけど、負けるな!! アキラめるな!!

世の中のどうしようもないことは、上記の二つだけです。

これからも、新しい出会いと共に、楽しく生きていこうと思っています。

悔いのない、あるいは、無駄な別れをしないためにも。

走馬灯のように過ぎる思い出の中を、さまよい続けながら、、、
うすれゆく意識の中で、彼は何を考えていたのだろう?

わが愛犬のマルチーズが、19歳目前にして、逝ってしまった。

もう寝たきりになって4ヶ月がたち、覚悟は出来ていたのだが、
もういないんだなァと思うと、寂寞の思いがこみ上げてくる。

18年間、自分を曲げることなく、家人を信じ、走り続けた彼。
一度も裏切ることなく、まっすぐな目で、癒し続けてくれた、彼。
とても気丈で、嫌な事には、全く納得してくれなかった、彼。
一人ぼっちが嫌いで、寝る時はいつもくっついていた、彼。
雷と地震が大嫌いだった、彼。

そんな彼は、もういない、、、、

朝、気づいた時には、まだ暖かかった。
本当に安らかで、寝ているような顔をしていた。
多分、いい生涯だったと感じてくれていたと思う。

あなたから得たものは、たくさんある。
そしてそれは、とても大切で、尊いものである。

いろいろありがとう。

久しぶりに、心が泣いた日だった。

プロの仕事には、プライドがある。 (当然です。)
ところが、プロというのは、その道に秀でた人であって、決してエラい人ではない。
そこら辺を勘違いしている人が多いような気がする。

情熱を持って仕事をしていれば、そのような勘違いはしないものである。

情熱を持った人の周りには、人が集まるが、
プライドだけの人は、孤立する。
なぜならそこには、歓び(JOY)が無いから、、、

情熱を持っている人の見分け方は、簡単です。
なんとなく、「いいよなァ、あいつは」と思わせてしまう人こそ、
大いなる情熱の持ち主です。

そういう人を見極めて、近づいていくのも、
ありきたりの日常の中での、気分転換になるんじゃないかな?

おとといの夜の帰り道で、
「妙に今日は明るいなァ」と思ったら、見事な月が出ていた。
月齢を調べると、翌日(7/11)が満月だと解った。

それで昨晩。
それは見事な月だった。。。

満月って、動物の本能からすると、とても大きな意味のあるものだけれど、
現代人にとっては、全く何の変化も感じ取る事が出来ない。

いろいろと多忙なのは解るけど、風情を感じる余裕ぐらいは残しておきたい。

遠くの電車の音をバックに、風を感じながら、
夜空を見ることを、私は好きです。


残念ながら、今日は雲が多くて見られません。
次の満月は、8/9です。
久しぶり!!の更新です。
長期出張があったり、ワールドカップがあったり、さまざまな事が重なって、
こんなに間があいてしまい、夏になってしまいました。

さてと、、、今回は
「友達」がテーマです。

最近の言葉で、「繋がり」というのをよく耳にする。
この繋がりと言うのは、友人を意味するのだろうか?
なんだか、すごく人間味のない、殺風景な言葉に感じてしまうのは、私だけだろうか?

生きていくうえで、私たちはおびただしい情報の中にいる。
その中でも、不動な関係でいられるのが、友達。
そこまで届かないのが、繋がりのように感じる。

友達関係というのは、気楽なようでいて、実はとても繊細である。
なぜならそこには、何の駆け引きもなく、ただ一体感だけがある。

大切なものを失う前に、自分を磨こう!!


あんまり好きな言葉じゃないけど、、、

ルールというものは、「守らなければならない事」
マナーは、「それ以外」。

ひねって考えると、
破られるものが、ルール
それ以外が、マナー(???)

ルールのない世界って、平和なのだろうか?


あまり好きな言葉じゃないけど、、、

またしても、出張で箱根に行ってきた。
三泊四日の旅だったが、ほとんどが雨だった。

新緑の中の霧雨というのも、風情はあるけれど、
そればっかりだと、気分も滅入る。

中規模クラスのホテルの仕事だったが、
従業員の仕事を垣間見ていると、
とても機能的で、無駄のない動きをしていた。

それはそれで、素晴らしいのだけれど、
なんとなく、無機質な感じがした。
笑顔が、本来のものではなく、作り笑いに見えたりする。

生活の中から無駄を全部省いてしまったら、
味気ないものになってしまうのだろうか?
やはり無駄も重要なのだろうか?

美しい自然の中で、そんな事を考えていた。
たとえば、暗がりの中で、電気のスイッチなんかを探す時に、
触感を研ぎ澄ますために、自然と目を閉じるでしょう?

逆に考えると、日常の生活の中で、片寄った五感の使い方をしているような気がする。

仕事中や運転中にに視覚しか使っていなかったりする。
子供たちは、ゲームに没頭しすぎて、返事すら出来なくなる。

イッパイイッパイで生活していると、怪我をしたり、
ミスが増えたり、ストレスがたまりっぱなしになる。

何事にも、まわりの雰囲気を意識しながら事を為せば、
もう少しいい生き方が出来るのじゃないかと思う。

一日一日を無駄にしないという事は、そういう事なんじゃないかな。

昨日まで、福島の田舎町に行って来た。

仕事(出張)で出かけたのだが、旅は旅である。
知らない場所に向かう時は、何だかウキウキする。(仕事でも)

高速道路のインターからも遠くて、
本当に自然以外は何もないような所だったけど、
お米と野菜がとてつもなく、旨い。
野菜の香りが立っているというのを、初めて感じた。
シソとかタラノメとかそこいらへんの食材なんだけど、
全く別物でした。
これは、食してみないと理解できないだろうなァ。

福島の山村は、まだまだ寒い。
驚いた事に桜が咲いていた。(ピークは過ぎていたけれど)
でこれも何だか嬉しかった。得した気分。。

田舎(愛着を持って敢えてこう呼ぶ)に行くと、いつも思うのだが、
全く知らない老人とすれ違ったりする時に、
自然と会釈してしまうのはなぜだろう。
都会では、失礼ながら「邪魔だなァ」なんて思っていたりするのに。

都会よりも田舎の老人の方が、健康で自然な笑顔だからかな?
もうずっと前に、何かの本に書いてあったんだけど、
いまだに答えを出せない、問いかけがある。

「幸せの中にポツリポツリと不幸があるのと、
不幸の中にポツリポツリと幸せがあるのと、
あなたはどちらを選びますか?」

ねっ、答えが出せないでしょう? 深いでしょう?
この模範解答を是非見てみたいと、今日突然思い返した。

一日一日はアッというまに、過ぎてゆく。
無駄なような事の中に、大切な事が潜んでいる事も知っている。
今日まで、そしてこれからも前向きに生きて行こうと思う。

All You Need Is Love !!