どんなに毎日を大切に過ごしていても、
どんなに自分の心に忠実に、生きていても、

「どうしようもない」時があります。
困りますね。途方にくれるかも知れません。

でも、回避せずに立ち向かおう!!
そう思ったときが、
「成長への変化」の始まりです。

その先には、乗り越えた人にしか感じ取れない
「何か」があります。

試練は乗り越えられる人にしか、訪れません。
それが大きければ、大きいほど、
成長、歓びも、大きくなります。
考えようによっては、チャンスなのです。

勇気ある行動は、人々を共感させ、
新たな可能性を創造し、そして
次世代に受け継がれていくのです。
あなたの努力は報われていますか?

努力とは、好ましい状態を実現するため、
全力を傾けること。

自分のための努力。と
相手を想定しての努力。

努力する。のではなく、
努力させられてしまう。

決して、貧乏くじを引いたのではありません。
自分にチャレンジする機会を与えてくれて、
ありがたく思う。
そういう努力は、必ず実を結びます。

自分のための努力は、えてして、
無理、無謀、無茶につながりがちです。
不思議ですね。みんな「無」で始まります。

情けは人の為ならず。
努力も人の為ならず、、、


~今日は、ちょっと偏っているかなぁ?~
光源に近づけば近づくほど、
影は大きくなる。
それは光量が少ないから。

自分より大きくて強い光を、
両面から照らせば、
影は見えなくなる。

自分を影から解放し、
さらけ出してくれる、
二つの強い光。

その正体は何だろうか?
どんなに注意深く見ていても、
見えない部分がある。
自分と目標の間に障害物がある状態。

そういう場所に大きな問題(根源)が
隠れていたりする。

目標と障害物が動かせないなら、
自分が移動すればいい。

障害物が多いのであれば、
目標をこまめに設定しなおす。

点と線。。。

これは三次元だけでの話だろうか?


死角~ある角度から見ることができない範囲。
   ある位置・立場からは観察できない箇所。
天国への階段が見つかりました。
多くの人がそこに集まります。

果てしなく続く階段があり、
よく見ると、但し書きがしてあります。
「後戻り出来ません」

そこで生まれる感情は千差万別です。
その後に様々な行動が始まります。

感情があって、行動がある。
そして個性も、、、

あなたの本当にしたいコトは、何ですか?
「人に喜ばれる生き方」
「人を不快にする生き方」
あなたはどちらを選びますか?

そう聞かれたら、ほとんどの人が前者を選びます。

では、それを実行していますか?


人という生き物は、か弱いものです。
ほんの些細なことで、自分を見失いがちです。

自分がひき起こした災いに、陳謝する。
これすらも忘れてしまっている人が、
これ以上増えないことを、願っています。
ついついしてしまう、「~しながら」の行為。

例えば、テレビを見ながら食事をする。
その時、本当の味覚はあるのだろうか?
クライマックスを見逃したりはしないだろうか?
本当に両立できているのだろうか?

物事の深い意味や良さを感じとる。
それが味わうという事です。

毎日、同じような日々と思いがちですが、
無駄な一日など、一つもありません。

今日という日を味わうことによって、
気がつかなかった、変化やチャンス
を見出せるかの知れません。

一日を振り返る。
簡単だけど、とても奥深い事だと思います。







あれほど胸を焦がした恋愛も、
悔しくて眠れなかった夜も、
こらえきれずに涙を流した感動も、
どうしようもない挫折も、

すべて、思い出にしてしまう。

それが、時間のエネルギー。

純粋で、真剣な気持ちに対する、ご褒美です。

全力で走れば、歩くよりもはるかに速く、目的地にたどり着く。

でも、走っている間は、前しか見えない。
そして、着いた後には、息が切れたり、体へのダメージがある。

歩いていると、「空がきれいだな」とか、寄り道をしながら、
ゆったりとした気持ちで、心のプラスになる。

時と場合で、どちらも必要になる時がある。

肝心なのは、バランス。
ほんの少し立ち止まることで、偏りを防げるのではないかな?

あなたにとって、期待どうりの結果でなくても、
事実は真実です。

もっと違う可能性を求めるのも、大切だけど、
今の状況を粛々と受け入れるのも、必要なことです。

そうすると、今まで見えなかったことが、
うっすらと見えてきます。

失ったという事実を、受け入れることで、
新しい何かが、あなたの前に現れているのに、気づくのです。

執着していると、それには気づきません。

一つのことを、失ったときに、
新しい一つが手に入るのです。

だから、辛いけど、決して、マイナスではないのです。