板橋興宗禅師との再会 | texas-no-kumagusuのブログ

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トミオ・ペトロスキー(Tomio Petrosky、日本名:山越富夫)のブログです。


福井県武生にある猫寺で有名な御誕生寺の住職の板橋興宗禅師に1年ぶりにお会いして参りました。今年93歳になられました。板橋禅師は曹洞宗の管長をなされた方です。曹洞宗の長は管長と呼ばれ、大本山永平寺および大本山總持寺の貫首がそれぞれ交互に就任致します。猊下は全国約15,000ヵ所寺ある曹洞宗の頂点を極めた方です。猊下に関する詳細はちょうど一年前に書いたブログ『仏は先輩、お経はリズム:猊下のはずの爺さん』 2018-05-10 に紹介してありますので、そちらを参照してください。

 

新緑の御誕生寺(正面の崖に猊下自身がお植になったタニウツギが咲いていました)

 

猫寺で猫の毛皮を着た猫

 

 

板橋興宗禅師と共に

 

自然体でお話しなされる猊下のお側にいると、こちらまでゆったりと気持ちが落ち着いて参りました。物事をやり遂げた方に何人も出逢えるという幸運に恵まれて来ましたが、それらの方々の多くに共通した点は、この猊下のように自然体で居られることでした。

 

「長生きちゅうか、死なないで今まで生きてっただけだ」

 

と仰っておりました。

 

「この歳になるともう勉強はせん。人と話しても、解からんことは解からんと言っとるよ。道元禅師もわしぐらい長生きしておられたら、勉強しなくなっていたんじゃないかな」

 

とも仰っておりました。

 

なぜお寺にはお墓があるのかとお聞きしたら、

 

「これは日本独特のものだ。江戸時代にキリシタン禁令を徹底させるための寺請制度が施行され、それ以降寺に墓ができるようになった。お釈迦さまが現在現れたらびっくりすると思うよ」

 

とのお答えでした。

「あたしがこの寺を復興させたとき土地が広いんで、土地の者の墓をタダで提供した。お彼岸頃にはいっぱいの墓参者が来る。都会の者よりここ田舎の者の方が健全に見えた。でも昨今は、墓参りに来られたときにたまたま外に出ていた住職に挨拶もしない連中もいっぱい居るんで、寂しいよ」

 

とも仰っておりました。猊下のお別れのお言葉はアメリカから訪れた私たち夫婦に、

Thank you very much!

 

でした。