日本講演新聞の10/10日号に作家でコピーライターの

ひすいこたろうさんの講演内容が載っていました。

 

その中で、あるお寺の住職から聞いたという、こんな

話を紹介していました。以下転載

 

「私はいつもこれが最後だと思っています。

私が今あなたにお茶を淹れるのはきっとこれが最後。

だから心を込めて淹れさせていただきます。

よろしければあなたも人生でお茶を飲むのはこれが

最後だと思って飲んでください。」

 

私もずっと以前に思ったことがあります。

どんなに腹の立つことがあっても、家を出て行く時は

明るく「いってきます!」を言おうと。

 

今日、この先何が起きるかわかりません。

万一の時、相手が誰でも、その最後に交わした言葉が

喜怒哀楽の真ん中の2つを含んだものだったら、お互いに

後悔するだろうなあと、ふと思ったからです。

 

ところが、これっていつもできているかといえば、

ごめんなさい、ということになります。

 

自分の身に起きることは常に冷静に受け止められること

ばかりじゃありません。

というか、その瞬間は右往左往することが多いです。

 

歳を重ねてくると、それを態度や表情に表さないという

テクニック?も身についているので相手にはわからない

でしょうけど。

 

本日のタイトル「今日が人生の○○の日」には「最後」が

入ります。

 

「最高」を入れてもよさそうですが、そのテンションを

維持するのは難しそうです。

 

毎朝、今日が人生の最後の日だと思って一日をスタート

させる、

のは長続きしそうもありませんけど、

時々これが最後の○○だと思って、

特に相手がある場合は

会員さんの場合だと、これがあなたにする最後のはなまるだよ、

などと思って行うのもいいなあと思っています。

 

ブログのこの記事は最後の記事、とまでは思えないけど。