9月3日、メディアコスモスのみんなのホールで映画「SWITCH」の

上映会がありました。

 

村上和雄先生のドキュメンタリーで、全家研ポピーの第5代総裁を

2008年からお亡くなりになった昨年まで務められ、

主に「popy f 」などで会員さんにもさまざまなことを発信されました。

 

この映画は、2011年に、村上先生も何冊か本を出された

サンマーク出版によって作られました。

 

全4章から構成されていて、第1章は、先生の紹介と、

遺伝子研究を通して私たちに伝えたいことです。

これに関しては、先生の著書の内容を加えて、

改めて取り上げたいと思っています。

 

第2章では、鈴木さん母娘が取り上げられます。

2005年に起きたJR福知山線の列車事故で、一番損傷が

ひどかった2輌目に乗っていて生死の境をさまよった

娘の順子さん、持ち前の明るさで娘を支え続ける母もも子さん、

そしてそのもも子さんに希望を与えたのが村上先生でした。

 

もも子さんは、3人の子どもをかかえて離婚、生きていくのに

精一杯で仕事に明け暮れ、親子のふれあいとか一切なかったそうです。

 

普通ならそれで家族がバラバラになっていてもおかしくない

のですが、順子さんを皆で支えるうちに家族の絆が強くなった

ようです。その源は、愛情だと、もも子さんは語っています。

村上先生との出会いで、人の無限の可能性を知って、娘に

接した時スイッチがオンになったんですね。

 

第3章は「1/4の奇跡」の監督である入江富美子さんによる

村上先生へのインタビュー、第4章ではその入江さんの姿が

紹介されます。

 

入江さんは、自身のさまざまな逆境の中で苦しんでいる時、

ふと、この今の状況を、ありのままの自分を受け入れて、

その上で、じゃあ、自分の使命(同じ音の氏名のように自分

独自の)は何だろうと思って映画作りを始めました。

 

自分にも使命があると気づいた時に入江さんのスイッチが

オンになったんですね。

 

上映後に監督である鈴木七沖さんのトークショーがありました。

 

その中で映画の復習の意味を込めて、皆さんへのおみやげとして、

「スイッチをオンにするには」をまとめて教えてくださいました。

 

これは、次回ご紹介します。

 

監督のお話で私が印象深かったのは、息子さんに関してのことでした。

ちょうどこの映画を撮っているころ、当時中学生だった息子さんの

髪の毛が突然赤くなり、次の日は紫になりして、学校にも行けなく

なりました。

 

ひとりの親として、子どもに学校に行くように説得する一方で、

村上先生との日々の中で、心のどこかで、学校に行くことだけが

道じゃない、他にも可能性はあるんだ、と思えたとおっしゃいました。

 

お話の最後に、これからの日本は小さくなって行かざるを得ない、

今の30代の人たちが日本を背負う50代になったとき、彼らが

その時の30代を支えられるようになっていてほしい、

そこで、今の30代である7人の若者の取り組みを映画にした、

そんなお話と共に、その「30(さんまる)」という映画の予告編を

見せてくださいました。

 

予定の中にトークショーの後に質疑応答の時間が用意してありました。

岐阜人はこういう時あまりパッと手を上げてしゃべる人は

少ないんですよね。

で、私は誰も質問者がいない時用に、ひとつ質問を用意していました。

 

「監督自身はこの映画をお撮りになって何がオンになりましたか?」

 

監督のお話は、「30」という映画の紹介の後に、

「この映画が私の村上先生へのアンサーです。」と締めくくられました。

 

聞くことなくなっちゃった。

 

そして、「30」には、あの赤や紫のヘアーであった息子さんも

参加しているとのこと。

映画で感動、息子さんのことで感動の二重奏でした。