9日にケニアでストリートチルドレンたちのための寺子屋を

開いている早川さんの活動の紹介をしながら、以前紹介した

アフリカのことわざのことも思い出しました。

 

「アフリカのことわざ」(東邦出版)に載っていることわざを

いくつかメモしておきました。

その中から取り上げます。

 

「心配とは

 想像力の誤用である」

 

私も以前はけっこうな心配性でした。

3月号をお届けした時、ある会員さんからそのお友だちのママさんが

ひどい心配性で、夜もなかなか寝つけない。

 

そこで、うんちくシリーズのようなのがあるらしく、それを聞いて

寝つくようにしているようです。

へえ〜っ、そうなんか、と気を紛らわせられますね。

 

会員さんのママも「私も心配性だけど」って言ってましたが、人間って

きっとみんな心配性なのでしょうね。

会員さんのママとお話ししてると、わが子のことの心配はつきない

ようですし。

 

心配とはひとつの想像力である、人特有のものであることを

このことわざは気づかせてくれます。

 

でも、その想像力の使い方は誤ってるよ、と言ってます。

想像力は、もっと自分を高める、広めるために使いましょう、

ということですね。

 

年齢を重ねるにつれ、いろいろ心配したけれどそれほどでも

なかったね、という体験を通して、

だんだん心配ごとに気をとらわれすぎなくなるのかなあ、

私も今では「そのこと、ちょっとこっちに置いておいて」と

いうことができるようになってきてると思います。

 

これは個人差があるようなので、ずっと心配性のひとは長い

おつきあいになるのかもしれませんが。

 

「穏やかな海は

 熟練した船乗りを育てない」

 

これは、振り返ってみると「そうだ!」とわかりますが、

海が荒れてる時はそんな冷静ではいられません。

 

でも、このことわざを座右の銘にしておれば、いざという時、

この状況は自分を育てるために与えられたと思えるかも

しれません。

 

時に子育ての場面で、わが子に苦労や困難はさせたくないのが

親心ですが、そうさせまいとあまりもわが子を安全な道ばかりを

歩かせると、先々しんどい思いを親子で味わわなくては

いけなくなるかもですね。

 

「つまずきは転ぶことでなし、

 一歩前進なり」

 

今のに関連したことわざですね。

「転んでもただでは起きない」ということですね。

でも、こちらの方は負け惜しみ的なニュアンスがあります。

「一歩前進」の方が前向きですね。

 

つまずいた時は、「おっとっとっと」という感じで前のめりに

なります。そこで転んでも、3歩ぐらいの前進になりますし。

 

「つまずきは転ぶことでなし、

 三歩前進なり」

 

人生の道標になるようなことわざたちです。