最近のつらいニュースが多い中、たて続けに目にした記事、
ひとつは8日の中日新聞夕刊に載ってた、海の循環が戻った
内容、それとこのアフリカのスラム街で孤児やストリート
チルドレン、貧困児童のための駆け込み寺「マゴソスクール」を
主催している早川千晶さんの講演内容。
こちらは、日本講演新聞2月28日号掲載分です。
早川さんは、若い頃からバックパッカーで世界各地を回り、
アフリカで「私が求めていた『いのち』の真実がここにある。
私はここで行きていこう」、「より困難な状況の中で生きる
人たちの側で共に生きていたい」そう思って、ケニアでの
生活をスタートしました。
そして、スラム街の長屋の一部屋を借りて子どもたちの面倒を
見始めたリリアンという人と寺子屋「マゴソスクール」を
開きました。
スラム街の様子は、ちょうど日本の戦後の闇市のようだと
早川さんは言います。
「とにかく『今日を生きぬくために、みんな必死で朝から
晩までいきいきと働いています。』
どれだけ働いても十分な収入が得られなくて、病院にも行けず
亡くなっていく人がたくさんいます。だからたくさんの孤児が
でき、彼らは集まって力を合わせて生きています。
そんな孤児のための学校なのです。
リリアンさんが子どもの支援を始めた時、彼女自身も苦労しながら
毎日の生活を送っていたことを知っていた早川さんが、どうして
やろうとしたのか尋ねたら、リリアンさんはこう答えたそうです。
「親を亡くすことが、子どもにとってどんなにつらいことか、
どんなに寂しいことか、私には分かるから」
「私はそんな寂しい思いをしている子どもたちのお母さんに
なりたいの。子どもたちに生きる希望を持ってほしいから」
「やらなくても人生は過ぎていく。やるか、やらないかを
決めるのは自分しかいない。私は『やる』って決めたの」
学校を始めた時からあったのが「給食」です。
「マゴコスクールに来たら、いつでもご飯を食べられるよ。
毎日でも食べられるよ」
「マゴコスクールには安心して帰る場所、温かい寝床があるよ」
そう、子どもたちに伝えています。
「安心感を持つと子どもたちはしっかり前を向いて歩けるように
なります。力強く、勇気を持って歩けるようになるんです。」
そう、早川さんは言います。
そして、彼らが思春期になる頃、それぞれの夢を語り始めることに
早川さんは感動します。
「私は苦しむ人を助けられる人間になりたい。学んで医者に
なりたい」
「困っている人を助けられる弁護士になりたい」
「勉強の楽しさを教える先生になりたい」
この若者たちは、今ではこの活動を支える役割をしてくれてます。
日本でも似たような状況の子どもが増えているようです。
経済的な貧困ではなくて、親子で一緒に住みながらそこは子どもが
安心して帰られる家庭といえるのかな?という家族も増えている
気もします。
いろいろ考えさせられることもある記事ですが、
早川さんやリリアンさんの行動は、自分もできることをやり続けて
いこうという力を与えてくれます。
貧しくても生命力をみなぎらせて生きている子どもたち、突然親を
亡くし途方に暮れている子どもたち、マゴコスクールでおいしそうに
給食を食べている子どもたち、そしておしゃべりに夢中な子どもたち、
想像できます。
はなまる支部の会員さんやママ&パパにも紹介したい記事です。