今は新聞を購読する家庭が減っているようです。
特にお子さんが小さい家庭はその傾向があるようです。
うちの支部はあまりしてこなかったのですが、ポピーの
折り込み広告をする支部も少なくなったようです。
確かにニュースを知ろうとすればネットの方が便利です。
うちは中日新聞を朝夕刊ともとっています。
でも、購読を止めようとか朝刊だけにしようとか
思ったことはありません。
ここ、中日新聞関係者のかたが見るとうれしいでしょうね。
新聞は、ニュースばかりでなく、読む所いっぱいです。
たとえば、今日の朝刊に、先月起きた弥富の中学で同級生に
命を奪われたご両親のコメントが載っていました。
現在もその事実が受け入れられなくて、精神的にとても
辛い状況であること、いじめがあったと報道されたことで、
わが子がいじめたのが原因とされ非難を受けていること、
わが子はみんなに認められるような、そしてとても親孝行な
子であること、決していじめなどするはずのないこと、
そして最後にその同級生のことは決して許されるはずもなく、
一生をかけて償ってほしいこと、そんな内容でした。
我々の想像を超えた、当事者にしかわからないことでしょう。
このコメントを読みながら私もいろいろ思いました。
個人の思いなのでここでは述べませんが、このコメントを
読んだひとりひとりがそれぞれ思い、考えたと思います。
このことってとても大事なことだと思うんですね。
何かあったときにそのことをあれこれ思ったり考えたりすることは
自分を確認することだと思います。
時には、「えっ、自分がそんな気持ちになったんだ。そんなこと
思っちゃったんだ。」なんてことありますもんね。
これは、コメントの全文を読んだからです。
例えば、ネットのニュースで、ご両親が中傷を受けていることが
報じられたとすると、そのことがご両親の一番の辛さだと
受け取られます。
同じ面で、男女2人が女子高校生を誘拐した疑いで逮捕された
ことの追加報道がありました。
女子高校生は亡くなってしまったのですが、この3人は薬を
たくさん飲む仲間、みたいな報道でした。
ネットで知り合ったそうです。
このことに関しても、ひとりひとりの感想は違うでしょう。
わが子が女子高校生だと、わが子はそのようなことに巻き
こまれることはありえないと思っても、心配になってしまいます。
ネットの弊害を改めて考えるかたもいると思います。
先ほどの事件との関連では、いわゆる思春期の子どもの心の
不安定について思うかたもいるでしょう。
今の時代、情報を得ることより、それを機に何かに気づけたり、
何かを考えたりすることって自分のためにもとても大切だと
思うんですね。
それには新聞はいい機会を与えてくれます。