父の一周忌に日本に帰国した兄夫婦


この頃の兄は


出張時はビジネスクラス利用していましたが


プライベートなのでエコノミーで帰国


子育てをしていた頃から比べると


義姉の身体は2倍位に大きくなっていたし


元々神経質な性格なので


エコノミークラスの飛行機旅は


睡眠が取れなかったそう


その上時差ボケで


精神を病んでいる義姉にとっては


とても過酷な旅となったに違いなく


それでも一緒に日本へ来たのは


父を悼むためではなく


兄が一人で日本の家族のもとへ帰ったら


きっと自分を悪く言われるだろう、


そんな風に考えてしまって


それを阻む目的もあったのでは?と


推測されました


一週間ほどの滞在でしたが


その間、私達が日本語で会話していると


日本語がわからない義姉は


その会話の内容をいつも悪い方へと解釈


笑えない被害妄想を募らせていました



スペインへ帰国する2日前


家族みんなで外食をしていた時


兄を慕う娘が兄の横で


兄にまとわりつき甘えていたのですが


その事に義姉の顔色がみるみる変わっていき


手に持ったビールジョッキを机に叩きつけ


「私の主人に触るな❗」と、怒鳴ったのです


スペイン語を理解できない娘は


きょとんとしていましたが


義姉の自分に向けられた憎悪の視線に


耐えきれず泣いてしまいました


そして


母が


「何がアカンの❗この子はまだ5歳やで❗」と


「5歳やからダメだ❗」

「そんなに触りたかったら自分の父親を触っていれば良い❗」


そう言って


顔をみるみる赤くさせて激昂する


兄はというと


娘に


「自分のお父さんに甘えなさい」と


おばちゃんが言ってる、と、訳す


娘は


「だってパパは忙しくて私が起きてる時間に帰ってこないから。。。」と


さらに泣きじゃくり


孫をこんなにも泣かせた兄夫婦に


母の更なる怒りが爆発する


この日は兄夫婦を母の家へ帰すわけにいかず


私のマンションに連れて帰りました


みんなそれぞれに眠れぬ夜


どう過ごしたのか


恐ろしさのあまり覚えていませんが


次の朝には義姉の状態は落ち着いていました


ただ娘は義姉に対して怯えきっていました


そのときの事を娘は


今でも鮮明に覚えているそうです


午後から母の家へ戻りパッキングを済ませ


なんとも重苦しい無言の夕食を取り


兄達は次の朝のために早めの就寝


そこから私は


母の愚痴とも、嘆きとも取れる話に


永遠に付き合わされました


義姉に喧嘩を吹っ掛けるかもしれないと


次の日の朝も不安だったので


私も早朝から母の家へ行き


兄達を見送ることにしました


別れ際


母が「もう二度と来るな❗」と言い


更に


「あんたなんかいなくなればいい❗」

(本当は文章にできないほど酷く言いました😓)


すると義姉は


「あんたの方が歳取ってるから早く死ぬわ❗」


そう言われたものだから


母は義姉に対して蹴りを入れる😰


それに対して義姉は


母を押し倒してしまいました


どっちもどっちの惨劇ですが


どちらもまともなし精神状態ではなく


取っ組み合いになりそうな2人を


私と兄とで引き離し


兄が先に義姉をタクシーに乗せました


母には「頼むからもう止めてくれ❗」と


絞り出す兄の声は憔悴しきっていましたが


そこからスペインの自宅に戻るまでは


とても長く辛い旅だったのだろうと


察せずにはいられませんでした


帰宅しても怒りが収まらない義姉を


兄はまた病院へ連れて行ったのです


この時も一ヶ月ほどの入院だったでしょうか


前回の入院の時より状態は悪く


ずっと安定剤を投与されていたらしく


義姉の病名がはっきりと告げられたそう


「統合失調症」


これは神経の病ではなく精神の病


時間とと共に改善されることはなく


治る事はない精神病です


薬でコントロールしながら


軽減させる事はできても


何かが引き金になると


またすぐに同じ状態に陥ってしまう


兄の苦悩の始まりでした。。。


これらが統合失調症の症状です




義姉の症状の酷い部分は「被害妄想」でした