もともとは黒地に白文字だった? 文化財庁が光化門扁額のもとの色復元で一から見直し

手抜き復元を巡る論議が起きた光化門(クァンファムン)扁額のもとの色を復元するための研究が進められる。文化財庁は17日、中央(チュンアン)大学産学協力団と一緒に「光化門扁額色の科学的分析研究」を進めることを決めたと明らかにした。
2010年に光化門が復元されたことを機に製作された扁額は、白地に黒文字で書かれている。しかし、昨年2月、米スミソニアン博物館の「国家人類学資料保管所」が所蔵していた1893年以前に撮影された写真から、下地が暗く見える扁額の姿が発見され、「ずさんな検証」を巡る批判が起こった(東亜日報の2016年3月1日付けのA2面を参照)。復元当時も、ほとんどの宮殿の扉の扁額が黒地に白文字を書いたという指摘が続いたことがあった。既存の扁額に亀裂が生じて、扁額を再製作していた状況なので、文化財庁は色を全面再検討することにした。
今回の研究では、様々な色の実験用扁額を製作して光化門に固定後、撮影、分析する予定だ。実験用扁額は、△白地に黒・コバルト色の文字、△黒地に白・金色・金箔の文字、△漆の背景に白・金色の文字、△コバルト色の背景に金色・金箔文字の4つで構成される。昔の写真の撮影方法であるガラス乾板専用カメラとデジタルカメラの両方を使って、時間、気象状況など、さまざまな条件で写真を撮影する。
撮影後は、スミソニアン博物館所蔵の写真、日本東京大学の1902年のガラス乾板写真、国立中央博物館の1916年のガラス乾板写真などと比べて、最も近い色を推定する。新たに作られる光化門扁額の枠の製作および刻字作業は完了した状態だ。文化財庁は、外部委託研究の結果をもとに関係専門家の諮問会議と文化財委員会の審議を経て、丹青作業を進める計画だ。
>手抜き復元を巡る論議が起きた光化門(クァンファムン)扁額のもとの色を復元するための研究が進められる。
久しぶりに光化門ネタをwww
朝鮮戦争で焼失した光化門を戦後にクネパパが再建。それが↓

この時の扁額の文字はクネパパがハングルで直筆したものだったのですが、06年にノムたんがもう一度再建を決定し、10年に完成したのが現在の姿↓

ご覧のとおり、扁額は白地に黒字の漢字で書かれています。
まあ、この扁額、完成後わずか3か月で亀裂が見つかって大騒ぎになるほどの出来栄えだったのですけどね。

原因は額板の乾燥不足とか言われてましたけど、架け替えする資金がないためか、ひびをパテ埋めして使用してました。
まあ、パテ埋めしても4年で再び大きなひびが入りましたけどねwww
詳しくはコチラ⇒パテ埋めした光化門にまた亀裂ニダ! 2014/05/28
>。復元当時も、ほとんどの宮殿の扉の扁額が黒地に白文字を書いたという指摘が続いたことがあった。既存の扁額に亀裂が生じて、扁額を再製作していた状況なので、文化財庁は色を全面再検討することにした。
その後も、扁額の再制作を模索していたようなんですが、字体をハングルにするニダ!という様な声もあり、議論が進まなかったようです。
そんな中、黒地に白字にするニダ!ってことだけは決まったようですな。
クネパパ建築時もそうなっていたのに、ノムたん時代に変わったんだよなぁ~。
問題は、題字を誰が書くのか?ということ。
どうせ数か月でひび割れるぐらいの代物なんだから・・・
5年に一度、新大統領が就任時に書けば済むんじゃね?
今なら、トラオくんも喜んでハングルで書くと思うぞ。
あっ!?トラオくんってハングル苦手だったな・・・w
詳しくはコチラ⇒トラオくん、ホワイトハウスで「大韓米国」と署名 2017/07/03