日本統治下のソウル、経常支出の半分はふん尿処理費だった
2016年のソウル市の財政で最も額が大きいものは何か。答えは、予算全体の34.7%、8兆3893億ウォン(約8065億円)に達する福祉費だ。
ならば、時計を戻して、植民地時代の1910年代ではどうだろうか。
ソウル歴史編さん院が『ソウルと歴史』第93号に収録した研究論文を見ると、このような答えが載っている。
当時、京城府(現在のソウル市)の最大の業務は「ふん尿の処理」だった。京城府の経常支出のうち、81%を占めていた。
1910年代を通して、ふん尿の処理費用は経常支出の半分以上を占め続けた。現在で言えば、ソウル市の最大の予算が「ふん尿くみ取り費」になったようなものだ。
その後、別の項目が大幅に増額されたことで処理費の割合は10%台まで低下した。しかし処理費は、水道費・事務費と並んで支出の上位3項目に入るほど、財政のかなりの部分を占めた。
京城府は衛生事業を拡大するため、35年からふん尿回収の手数料を導入し、36年には市の清掃義務を定めた「朝鮮汚物掃除令」が公布された。
回収されたふん尿は、光化門外の新堂里と麻浦の処分場に集められ、肥料メーカーや農場、個別の農家などに販売された。
しかし全般的に、肥料としてのふん尿の需要は日本の大都市ほど高くはなく、処分場のふん尿滞積は常に問題となっていた。化学肥料の導入、コレラ・寄生虫など衛生問題のため、後期になると肥料としての価値は下落した。
ふん尿処理は、植民地時代を通して京城府を苦しめた問題だった。
京城府は、回収がきちんと行われず、処分場があるせいで付近の住民が受ける被害、また肥料メーカーに対する特別待遇や贈収賄問題、さらに35年には回収手数料の導入などで頭を悩ませた。
>当時、京城府(現在のソウル市)の最大の業務は「ふん尿の処理」だった。京城府の経常支出のうち、81%を占めていた。
この記事、記者がどのような心境で書いたのか?皆目不明なんですが・・・
<#`Д´> 「憎っくき日帝時代は、う○この処理に支出の8割もかかっていたニダ!」
という感情から、このような文章が書かれたのでしょうかね?
以前、
<#`Д´> 「日帝が1か月間で1500箇所も便所を作ってしまい、許せないニダ!」
と怒りの記事があった・・・
李氏朝鮮時代は、路上が糞だらけだったことは有名な話だが、そもそも、市民は糞尿に対する感覚がなく、問題にもならなかったのに、日帝が便所を大量に作ったおかげで路上が綺麗になったニダ!という主張だった。
詳しくはコチラ⇒日帝は、便所を強制的に設置した! 2010/09/01
今回の記事も、それと似た感情なんだろうねぇ~。
>京城府は、回収がきちんと行われず、処分場があるせいで付近の住民が受ける被害、また肥料メーカーに対する特別待遇や贈収賄問題、さらに35年には回収手数料の導入などで頭を悩ませた。
これは、今の韓国でも同じだよな。
まあ、賄賂文化だし、貴人は働くべからずという歴史なんだから、日帝の所為ではないぞwww