勝茂さまが御参覲へ向かう少し前のこと、長崎にはじめてビードロの屏風がもたらされた。
勝茂さまは珍しい物だからと将軍さまに御献上なさろうとお買い求めになった。
壊れやすい物なので、家中の者どもには、よく注意するようにと、何度も仰せになられた。
さて、屏風を納めるための箱が出来上がったので、
御進物役の鍋島采女が屏風を箱に納めるため受け取り、家屋へと持ち帰った。
そこへ、友人の枝吉利左衛門が訪ねてきて、
「ビードロの屏風なる物を、話の種に是非見たい。」
と言い出した。采女は、
「もう箱に納めたので、悪いが見せることは出来ない。」
と断ったが、利左衛門は是非見たいと言い張って箱から取り出した。
と、そのとき、誤って取り落とし、ビードロの屏風を破いてしまった(おそらくは割れた)。」
利左衛門は屏風をそのままに、
「人の運命とは、さてさて分からぬものぞ。」
と言い捨て立ち去った。
立ち去る様子が心配であったので、采女は利左衛門を呼び戻し、
「御心配されるな。わざとなされたことではないのだから、御前へは申し上げようがある。
なにも気にかけられることはない。
もっともこのことは他言無用ですぞ。」
と慰めた。利左衛門は、
「殿の大切な道具を破ったことには変わりない。腹を切る覚悟です。」
と言い出した。采女は、
「さてさて武士が気の小さいことを言われる。どんな宝でも、人の命に代えられるものか。」
と言って、ひとり勝茂さまの御前へ出向き、
「御献上品のビードロの屏風、とりわけ大事の品と心得お預りしましたので、
家にて箱にしっかりと納まっているか調べていましたところ、取り落とし破ってしまいました。
このこと、わざわざ人を通して申し上げる必要もございませぬゆえ、
勝茂さまへ直に申し上げに参りました。」
と言い捨て、御前を退った。
勝茂さまは采女の様子を見て御心配になられ、すぐにお呼び戻しになり、
「少しもかまわぬ。気にするな。」
と仰せになり、それですんだ。
その後、利左衛門と采女はこのことをいっさい口外しなかった。
利左衛門はいつか恩返しをしようと思っていたところ、
勝茂さまがお亡くなりになり、采女は追腹を切ることを決めた。
そこで利左衛門は、浴衣一枚と大きな敷物一枚を采女に贈った。
采女はたいそう喜んで、その浴衣を着て追腹を切った。
介錯は三谷千左衛門。
この話につけても、大切な道具は軽々しく取り扱わないようすべきであろう。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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