両家は、不快の仲と☆ | げむおた街道をゆく

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稲葉丹後守(正往か)が、諸侯を饗応することがあった時、

細川越中守(綱利か)と黒田筑前守(綱政か)を、

上座と定めなさった。

その日になって取持衆の一人は気付いて、

「細川と黒田は代々音信不通だ。
今日の対座はどうしたものだろうか。」

と申し、評議する間に、両家ともに入って来たと申すので、上座へと案内した。

それから食膳などが出たけれども、互いに挨拶も無く不興だったそうである。

その理由は、島原一乱の時にある。

細川と黒田は両家とも出陣の命を受けた。

細川(忠利)が、

「これから直ちに出発いたすべきか、帰宿して出発いたすべきか。」
と言って相談になり、

これに黒田(忠之)は、

「ひとまず帰宅いたして、それぞれの用意をし、今日中に出立しよう。」

と言うので、その約束により細川は屋敷へ帰った。

すると黒田は、

「これより直ちに品川へ出るので、家来はすぐに品川まで駆け付けよ。」
と申し、直ちに品川へ出て、餅の類や、

その他便利な良い食物を皆買い取り出発した。

その後で細川がやって来て聞いたところ、

「黒田は、先刻出立した。」

と申したので、
それから細川は急いだけれども、始終黒田の後になった。

かつ黒田の大人数が先々で食物を皆買い切るため、

細川は大いに差し支えがあったということである。

島原へ着いても半日出陣が遅れ、これより両家は不快の仲となったのである。
 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 黒田騒動、黒田忠之

 

 

 

ごきげんよう!