ある日の事、城の庭に降り注ぐ暖かな陽光に気を良くした忠興は、
ガラシャと共に座敷を出て、縁側で食事を摂る事にした。
だが、例によって寡黙な夫婦だ。
食事を摂る箸の音と、庭木を剪定している庭職人が振るう鋏の音、
遠い彼方から響く鳥の囀り以外、何も聞こえる音も無い寂しい風景である。
そして、事件は起きる。
庭職人の鋏の切っ先が狂い、ある松の枝を切り落としてしまったのだ。
しかも運が悪い事に、その松は、
忠興が特に愛でて居たお気に入りの松だったのだから始末が悪い。
致命的な失態、気付いた忠興は憤怒して庭へと駆け下り、
一刀の下に職人を斬り捨ててしまった。
断末魔の悲鳴と、間歇泉の様に吹き上がる血飛沫。
おだやかな昼下がりの風景は地獄絵図へと急転直下。
にも拘らず、ガラシャは、まったく気に止める様子も無い。
まるで何事も無かったかの様に、食事を続けているのだった。
これに呆れたのは忠興である。
佩刀の血を拭いながら奥方に語りかけた。
細川忠興、
「信じられん奴だな。
俺があれほどの事をやってのけたと言うのに、まるで冷静そのもの、蛇の様だな?」
すると、ガラシャは、箸を置き冷めた瞳で忠興を見上げて言った。
ガラシャ、
「松の枝を不注意で落とした程度で、
職人を斬って捨てるなどという惨い事をなさる貴方は鬼です。
"鬼"の女房には、"蛇"が御似合いでござりましょう。」
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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