土佐の山内忠義は、剛気英邁の人であったが、
彼には秘蔵の刀で、常に身から離さず帯びていた名刀があった。
関の孫六兼元の作で、二尺三寸五分。
仮名で「かねもと」と銘がある。
非常な大業物で、これで度々家来を手打ちにした。
役人などが前に出てなにか気に入らないことを言うと、ハタと睨んで、
「我が孫六をまいるぞ!」
と大声で叱りつける。
この剣幕に恐れて、皆唯々諾々として平伏した。
もしこの一言を聞いてなお、反抗しようものなら、抜き打ちに殺されるのである。
ある時、高知城より一里ばかりある荒倉山で、猪狩りが催された。
忠義自ら出馬し、大勢の勢子を配置して、猪を追い出す大網を貼り、
一番、二番、三番と勢子を立て、
打ち手は鉄砲を持って要所に控えていた。
忠義も手づから鉄砲を持ち猪を待ち伏せた。
ただし、猪が手負いに成ってかかってくる場合、万一殿様に過失があってはならぬので、
忠義が、待ち伏せている背後には、家老たちによって老練の猟師が隠し置かれ、
「危急の場合には撃ち留めよ。必ず殿にお怪我のないようにせよ。」
と密かに申し付けてあった。
そうしているうちに狩りが始まり、
やがて一匹の大猪が手負いと成って荒れに荒れ、忠義の居る方に飛ぶように駆けてきた。
元より剛毅な人であったから、
忠義は大猪を近くまで引き寄せて撃ち留めようと鉄砲の照準を定めた。
その間に猪が間近くまで来た。
その時、傍の藪陰より一発の銃声が鳴ったかと思うと、
その猪は撃ち倒された。
これに忠義は激怒した。
「何者が我が当の敵を横合いより撃ったのか!?」
すると、一人の年老いた猟師が這い出てきて頭を地につけ平伏した。
これを見ると、
「おのれ憎き奴! 我が孫六をまいるぞ!」
と怒鳴って刀の柄に手をかけた。
が、その老人は、
「忝く思います。頂戴いたします。」
と両手を出した。
その言葉通り、与えられるのだと思ってしまったのである。
忠義もこの意外な体に、少し拍子抜けして刀を抜けず戸惑っていた、
そこに、家老たちが慌てて駆けつけ、
「この者は我々より予て申し付け置いたもので、
万一危急の場合には、殿に変わって撃ち留めよと申し付けました次第です。」
と、詳しく申し上げると、
忠義、これを聞いて、
「その方らの申し付けとあっては、この者の落ち度ではない。
ただし『孫六をまいるぞ』ともうした時、両手を出したのは妙なやつだ。
さりとて、この秘蔵の刀を遣わすことは相成らぬ。差し替えの刀をあやつに遣わせ。」
と、その場で別の刀が拝領された。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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