羽柴秀吉の中国攻めの際、
弟の羽柴美濃守秀長は、因幡丸山城の攻略を任された。
秀長軍は、連日、激しく攻め立てたが、先鋒の藤堂与右衛門が、
城方の境与三右衛門春時と戦い、
互いに傷ついたのを期に、兵糧攻めに切り替え、じっくりと攻めるようになった。
そんなある日、丸山城に秀長からの書状が届けられた。
“この近くの山に、狼が出没している。
双方で人を出して狩り、長陣の退屈しのぎにしようではないか。”
「何をこしゃくな。よし、受けて立て!」
さっそく秀長軍と城方、双方で人手を出して山狩りを行なった。
秀長は狩り立てた狼を胴切りにして、頭側を手元に残すと、
尾の方に酒十樽と肴を添えて城方に贈った。
思っても見ぬ贈り物に城中は沸いたが、ある者が疑問を呈した。
「敵からの贈り物だぞ? 毒が入っているかも知れぬではないか!」
「しかし羽柴美濃守という男、そんな悪辣な手を使うような者ではないと聞くが。」
「うーむ、どうする?」
城中の皆が悩む中、境与三右衛門が名乗りを上げた。
「わしとしては美濃守を信じたいが、毒入りかも知れぬというのも、然るべき疑問じゃ。
そこで、だ。
ここは、わしが毒見をしよう。
おのおの方は、わしが飲んだ後しばらく様子を見ても、遅くはあるまい。」
この意見にみな賛成し、与三右衛門は自分の飯茶碗を取り寄せると、
酒樽から七、八杯汲み上げて飲み干し、
自室で静かに座りこんだ。
城の皆が注目する中、与三右衛門はそのうち体を傾けると、完全に倒れこんだ。
「すわっ! やはり毒であったか!」
城中は色めきたったが与三右衛門の容態を確かめると、
かすかに息をしているので、医師をつけて見守った。
翌日の夕方になって、与三右衛門は眼を覚ました。
「おおっ、与三右衛門! おぬし一日中、寝ておったぞ。やはり毒だったのか?!」
「…いいや。あれは極上の美酒じゃ!
あんな酒は飲んだことがないわ。
わしは久しい篭城の苦しさも忘れ、
心を仙境に飛ばしておったわい。」
「なんじゃ、そうだったか。よーし、飲むぞーっ!」
「あいや、待て待て!
わしのような飲み方をすれば、たちまち酔い潰れて城の守りに差し支えてしまうぞ!
少しずつじゃ、少しずつ!」
こうして贈られた美酒は、城方の一人ひとりに少しずつ配られた。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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