長泰の隠居☆ | げむおた街道をゆく

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成田長泰は、嫡子・氏長が成人し、自身年老いても家督を譲ろうとはせず、
そのくせ少女を忍城郊外に作った別荘に囲い、夜な夜な通って遊んでいた。

これを見て、家老ながら日ごろ長泰に粗略に扱われ、恨みを持っていた手島美作守が、
氏長と、その母に言った。
「長泰様のご乱行は他家にも知れ渡り、みな呆れ果てております。
なにとぞ、お二人で相談され、氏長様が当主の座に着くよう、

策を練るべきです。」

その夜も長泰は別荘の愛人の所へ行き、

酒盛りなどして、さんざん遊び呆けた。
深夜になり、忍城へ戻ったが城門は城主の前に、固く閉ざされていた。
手島に説得された氏長の、

「父はもはや城へは入れない。」

という構えである。

しかし勝手知ったる自分の城のこと、長泰は堀端の配水管に潜り込み、潜入を開始した。
驚いた氏長は、家臣の三友十兵衛を配水管の出口に派遣した。
 

槍を持って待ち構えた十兵衛、長泰の頭が見えたところで、配水管に槍を突っ込んだ。

ところが、塚原卜伝の弟子でもある長泰は、槍先を見切るとガキンとこれを口で受け、
十兵衛が槍を戻すと、そのまま一緒にズルズルと引きずられ、城内に出た。
あまりの事に仰天した十兵衛は、槍を捨てて逃げ出した。

長泰はそのまま本丸へ駆け出した。

兵たちも裏事情を知ってはいたが、
主君である長泰に手を出せず、ついに長泰は氏長のもとにたどり着いた。
 

ここで長泰、頭が冷えたか、
「これもワシがいい年になっても隠居しなかったせいだろう。

このまま話がこじれて、
小田原あたりの介入を受け、滅びるよりは・・・。」
と思いなおし、

菩提寺である龍淵寺の和尚を仲介して、氏長と話し合いの末、
手島を追放して、みずからは出家・隠居した。
 

ただし、その後三年の間、親子に交流はなかったという。

 

 

 

戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。 

 

 

 

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→ 鶴岡八幡宮にて、成田長泰

 

 

 

ごきげんよう!