北条配下に、佐野城主・天徳寺宝衍と言う勇将がいた。
この人が、琵琶法師に平家を語らせたときの事。
法師は先ず、佐々木高綱宇治川先陣を語った。
坂東武者達が先陣の功を競う勇猛な場面である。
が、天徳寺、ここで雨のような涙を流した。
次はおなじみ、那須与一扇の的の場面。
平家の中でも、爽快さと美しさを兼ね備えた屈指の名シーンである。
が、ここでも天徳寺、滝の如く涙を流した。
後日、天徳寺が、
「昨日の平家はどうだった?」
と、左右の者たちに聞いた所、
「大変面白かったのですが、殿が涙に咽んでいたのがどうにも解らず…。」
と言うと天徳寺、
逆に驚き、
「今までお前達を頼もしく思っていたのに、今の一言でガッカリしたぞ。
いいか、先ず佐々木高綱の場面だが、あの時高綱が与えらていた名馬「池月」は、
頼朝公の舎弟である範頼や、寵臣の梶原ですらいただけなかった物なのだぞ!
そんな馬に乗ってもし先陣出来なければ、必ず討ち死にして再び帰らないと、
暇乞いして出陣するのだ!
この志、泣かないでいられようか!
また、那須与一も、大勢の中から選ばれ、
ただ一騎陣頭に出で馬を海中にいれ的に向かうまで、
その一挙手一投足を源平の両軍が、鳴りを潜めて見守っている。
もし射損じれば味方の名折れ、馬上にて腹掻っ捌くほどの覚悟を持って向かっていくのだ。
その志を見よ!
泣けて泣けてしょうがないだろ!
わしくらいになると、戦場に赴く時はいつも、
佐々木高綱や那須与一の心で槍を取るから、
平家を聞くときでも自然と彼らの心を思い、泣けてきてしまうのだ。
ところがお前達は何だ!
お前達の武辺というのは、ただ単に勇気に任せてやっているだけなのか!
本当の武辺とは、もののふのあわれを心にとどめてこそあるものだ。
そうでなければ、
真実頼もしいとはいえないものなのだ!」
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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