ある日、上野の国の吉村の男が、女に頭を棒で殴られ、血を流したと訴えてきた。
男、「それがしは男やもめであり、この女もやもめであります。
私達二人は同じ里の近所に住んでいて、
この女の家に夜な夜な通って情を交わしておりましたが、この女は別の男ともつきあい、
それがしを嫌い始めて泥棒呼ばわりして棒で頭を叩いてきました。
しかしそれがしは決して泥棒ではありませんから、無実を訴えに来たのです。」
と言った。
女、
「男と会ったことは無く、この男が夜中に家の戸を破って入ったので、
泥棒に間違いありません。」
と言った。
男はこれを聞いてもさしたる変化も無く、目もすわっていて受け答えもよどみがない。
結局どちらが正しいのかはっきりしないでいた。
そこで奉行の板部岡江雪斎が、
「やもめの男女を裁くのは珍しい事だ。両人とも証拠を示せ。」
と言った。
すると女、
「私は三年前に夫を亡くして、その時から理由の分からない腫れ物が出来ています。
医者曰く、これは「開茸」と呼ぶそうでなかなか治りません。
これを他人に見せるのは恥ずかしいので、
それ以来男と付き合うなどと思った事がありません。」
と答えた。
男、
「しかし、女に腫れ物があっても寝起きは容易にしています。」
と返すと女は大笑いして、
「私の体には腫れ物なんてありません! わざと嘘を言ったのです。」
と言った。
そのとたんに男は顔色を変え返答できなくなってしまったので、
男を縄にかけて女は家に帰した。
盗人もうまく嘘をついたが、女の知恵には敵わなかった。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
こちらもよろしく
ごきげんよう!